ピンスポットのように、一斉に浴びる光に眩暈がした。 仮面越しであろうと強い光は、彼らの影さえ届かない。 銃口を向けられ、庇うようにしてくれた少女の背をトン、と押す。 兄が、シュナイゼルが。 来ているなら、逃れようがない。 どの道、もう良いのだ。だって、ナナリーがいない。 ロロにすまないと思う、ジェレミアに申し訳なさが立つ。 けれどもう、歩こうとする気力は沸かなかった。どれだけ必死で歩いてきたのか、思い返すことも無意味だ。 諦められるからこその、裏切りなのかもしれない。 失笑は、やはり浮かばなかった。 「ねぇ、ちょっと、逃げてよルルーシュ!!」 カレンの声に、顔を上げる。 打ち捨てられた仮面、けれど少女は、そこにいた。 逃げて、お願いだから、ねぇ。 赤い髪を必死で揺らして、逃がそうとする少女の背に向けられるはずもない銃口。 巻き込まないようにしているだけの時間稼ぎに、ルルーシュは笑みをこぼした。 「いいんだ、もう」 「良くないわよ!!」 ナナリーとの決別。ゼロを放棄しようとしたルルーシュに、騙しぬいてと願ったのは自分だ。 囮でもなんでもやってやると、吼えたのは自分だ。 駒だと言われるくらい、なんだというのか。それを認める代わりに、自分は彼に"ゼロ"を押し付けたのだ。 あの時、ルルーシュは確かにゼロを捨てようとしていたのに。 「いいんだ」 「ルルーシュ!!」 「俺を売って、ブリタニアから日本を買うか」 顔をあげれば、眩しいほどに眩しい光。 薄暗い倉庫内で、突き刺さる光は痛みさえ想起させる。 明確な売り買いの言葉に、扇の顔が歪む。肯定したのは、ディートハルトだった。 カメラを回したままの男へ、短くそうか、と口にする。 視線を移せば、副官を連れた兄の姿があった。直接顔を合わせるのは、中華連邦以来だ。その前の隔たりを考えれば、今回の再開はひどく間を置かぬものであった。 「好きにしろ」 「なに………」 「私の、先ほどの言葉は本心だ。お前たちは良い駒だった」 「ルルーシュ!!」 気色ばむ男たちとは対照的に、悲痛な少女の悲鳴。 いいから、逃げてくれないか。君だけでも、生きてくれないか。 言うのに、被りを振られて動いてくれない。 「いいんだよ、カレン。俺は、慣れてる」 「慣れてるってなによ! こんなことの、どこに慣れる必要があるっていうの?!」 だって、力を貸してくれたのは本当だった。 日本を取り返す算段をつけてくれて、明確に道を示してくれて、そうだ。百万の日本人を助けてくれたのは、他ならぬこの"ゼロ"のはず。 なのに、こんなこと。 戦慄く唇が、涙声混じりになんでなんでと駄々をこねるような言葉を繰り返させる。 それに、ルルーシュはひっそりと笑った。 「はじめは、日本にだった」 「え………?」 「俺の出自を、聞いたなら知っているだろう。母が殺されて、喪も明けきらないうちに、俺たちは当時緊迫状態にあった日本へ送られた。表向きは、留学生だった」 もちろん、処遇は最悪。 住むのは不衛生な土蔵で、寝る場所すら困るほど。 暴力問題は国際問題に発展すると、わかっていない子供から初対面で殴られた。 これが、政治的な理由で感情的になったというならまだわかるが、理由は自分の秘密基地を取られたというなんとも陳腐な子供らしい理由。 町を歩けば、ブリタニア人だと子供たちに殴りかかられ、果物ひとつ買うことさえ傷を作らない日は無かった。 「でも、だって日本は………!」 「嗚呼。ブリタニアに侵攻された。俺たちは、そのときに死んだ」 道具として、利用されて、日本に売り飛ばされて、殺されても別に良いと扱われて。 一度、死んだ。 「C.C.に出会い、ギアスを得て、ゼロとして立ち上がって、土壇場で、俺は"俺"を優先してしまった」 けれどなにも、それは間違っていたわけではない。 ある意味でこの行為は当然だ。ルルーシュにとって、黒の騎士団とはナナリーのための組織。 ナナリーのためのゼロ。 根幹たる彼女が、危険な目にあっているというのに、日本を優先させるはずもなかった。 だから、今の状況は不信を煽り、招きすぎてしまった俺の所為でもある。 苦笑交じりの言葉に、カレンの顔が青ざめる。 神根島での、ことを言っているのだと。彼女はすぐにわかった。 「―――そして俺は、スザクに売られた」 皇帝の前に引きずり出され、記憶を改ざんされ、一年間過ごしてきた。 秒単位での監視に気づかず、偽りの弟と平穏な日々。 利用され通した一年に、終止符を打ったのは矢張り魔女と黒の騎士団。 「それでも、つい最近、また売られたわけだけれどな」 ここまで来ると、笑う気も怒る気も失せてくる。 言って、彼が思い返すのはつい先日のことだ。 ナナリーだけは助けたかった。そのためならば、プライドなど放れた。 結果は惨敗。義兄に生きていることが知られてしまい、恐らくその時の会話記録でも聞かされたのに加え、スザクの口を割らせたのだろう。 この状況を作る、最大の機会を与えてしまった。 「十八年近い人生で、売られた回数が四回だぞ? いい加減、慣れる」 言葉を失くしたカレンに、ルルーシュは笑いかける。 だから、ほら、君は行け。生きてくれ、それで、取り戻した日本を導いていけ。 自分はもう無理だから。と言わんばかりのルルーシュを、怒りたいのか抱きしめたいのかもうわからない。 仕方なさそうにいつかのクラスメイトを見つめ、上方へ視線を動かせば義兄は笑顔も苦悶も浮かべてはいなかった。 それでこそ、帝国の宰相だと魔王の少年は思う。 唯一気がかりだったのは記憶を失くしたままの魔女だが、事情を語る暇はなかったものの彼女の現状はカレンに話してある。 悪いようにはされないだろう、という確信が、ルルーシュにはあった。 「狙いを外すなよ。殺すなり、行動不能にするなり、好きにしろ」 売られるのは、四回目だ。 いい加減、慣れた。 藤堂と扇の硬い声が、倉庫内に満ちる。 構えろ。 疲れた表情で、ルルーシュは響き渡る銃声を聞きながら目を伏せた。 *** この後蜃気楼でロロが助けに来るか死にネタになるかは、まぁどっちでもいいかと。 なんでカレンがなにも助け舟出してくれなかったのか、今でも疑問。 |