目の前にいるただ一人を見つめながら、ルルーシュは現実から目を背けたい気持ちでいっぱいだった。 離れていたのは、たった一月半程度。 次に会うのは、任務がお互いに終わった時だと笑っていたのに、すれ違いばかりで会うこともなかった。 モニカやビスマルクからの話、それだけでなくても、通信の際にやりとりをするのだから本当の意味で顔を合わせていなかったのは三日も空いていない。 だから気づかなかったのか。 だから、気づけなかったというのか。 こんな………、こんな………。 こんな、ことって。 震える唇が、名前を呼ぼうとするけれど上手くいかない。 目を瞠って、凝視する。 戻ってきたら、おかえりの一言は恒例行事にも等しいものだったが、上手く声が出ないのだ。 逸る心臓を押さえるのに、必死になってしまう。 ごくん。飲み下した唾液の音さえ、耳に煩かった。 「さっきからどうしたんだ? ルルーシュ」 にこやかなジノを、ルルーシュはこれでもかとばかりに睨み付ける。 既に頭半分程度身長差のついた、金髪が憎い。 金髪が憎いわけではないが、なんだかもう全部憎い。 「なんだお前その身長は!!」 何故、たった一月半程度会わなかっただけでそんなに身長が伸びているというのか!! 吼えれば、きょとん。とジノは目を瞬いた。 堪えきれぬとばかりにノネットが大爆笑し、モニカも口元を手で隠してはいるものの肩を震わせて笑っている。 ビスマルクの、ほんの少し同情の混じった視線が憎い。 同情するなら、その立派な筋肉を寄越せと理不尽を言いたい気分である。 「あー。私も驚いた。エリア8の食事が良かったせいか?」 「エリア8か! そこの食事が原因か!!」 「それとも、エリア4でやっていた訓練のおかげかもしれない。いやぁ、流石元はナイト・オブ・ワンの副官だっただけはある。メニショフ隊長の訓練は、楽しかった!」 「筋肉だけじゃなくて上背までつけてきておいて、誤魔化されると思うなよ?!」 「いやでもルルーシュ、騙されかけただろう。私がエリア8って言った時に」 問い返されて、語を詰まらせる。 すぐさま全力で踏みとどまったものの、本気にしかけたのは事実である。 唸るような声をあげながら、紫の瞳でジノを見やった。 出会いは、彼がまだナイト・オブ・ラウンズの席に座る前からだった。 長いと言って良いのかわからないが、年単位の付き合いである。視線も同じだったはずなのに、今や完全にジノが視線を合わせようとするかルルーシュが見上げなければ視線の位置が同じにならない。 なんということだ。 「まぁ、スリーは元々育つ骨格を持っているんだろう。父君であられる、ヴァインベルグ卿譲りだろうな」 「……ということは、俺だってもうちょっと、こう……」 「意外なことを言う。お前は陛下に似たいのか」 ビスマルクの一言に、ルルーシュは沈黙した。無言の肯定はよく使われるが、これは明らかに否定だろう。 モニカもまた、美少年を地でいく彼の将来像があの陛下。というのは歓迎したくないため、ほっとした表情だ。 男女どちらとも言えない美貌の行き着く果てがアレというのは、あまり嬉しくない予想図である。 「なんで身長のことなんて気にするんだ? ルルーシュは」 「それは持つものの意見だろう? スリー。年長者として、年下に見下ろされるのは面白くないところもあるのだろうさ」 言うノネットも、女性の中ではかなり長身の部類に入るだろう。 長い足を組んで、面白そうにまだ笑う相手へ憮然とした表情を向けた。 「身長程度で、ルルーシュを見下げるようなことは無い」 「物理的な話、ってこと」 真面目に言い返すジノへ、モニカが可笑しそうに笑う。 未だ納得できない表情の彼は、視線を少し前まで同程度だった目線の相手へ移した。 怯み掛けられて、少しだけ気分が萎れる。 「ルルーシュ、私の背が伸びたことが、お前との関係になにか良くない影響を与えるか?」 改めて問われてしまえば、首を横にするしかない。 身長が伸びないコンプレックスが、相手を傷つけたのならば謝るべきだ。 思って、ルルーシュは口を開きかける。 「それに身長伸びたって、あんまり良いことないぞ。この一ヶ月半で、身長が十センチ近く伸びてしまったせいで折角新調した制服が台無しだ。KMFのコクピットまで狭くなるし。ルルーシュはいいな、小さくて可愛らしいままだから」 しみじみと吐かれる内容に、少年の心は決まった。 もう駄目、こらえきれん、腹を抱えて笑うノネットやモニカ、そろそろ可哀想がるような視線を送ってくるビスマルクのことさえ、気にしない。 怒りゲージは、最早頂点をらくらく通過し突き破っているのだから。 「それはこの一年で三センチしか背が伸びていない俺に対する嫌味かこの大馬鹿者がぁああああああああ!!」 滅多に張り上げない怒声を、これでもかと響かせて。 ルルーシュは、ジノへ向かって椅子を放り投げた。 *** テンさんとフォーはお仕事中です。 アーニャが入る前、という設定。 |