そろそろ止めるべきか、と、モニカは隣で不機嫌そうなまま腕を組んでいるノネットへ視線を送る。
 ここらで潮時だろう。ノネットもまた、頷いてみせた。
 ナイト・オブ・ラウンズが一堂に会す機会は、少ない。
 それは、彼らが一騎当千の猛者だから。という理由が大きい。
 彼ら一人で、KMF何機分もの働きをする。ひとつのエリアに、一人放られればそれはその地の暴動や内乱の終焉を意味すると言っても過言ではないのだ。
 だがどこにでも例外というものは存在するように、ナイト・オブ・ラウンズに例外が在った。
 ナイト・オブ・ゼロ、今はルルーシュ・ランペルージと名を変えた少年は、専用のKMFチームもKMFも持っていない唯一のラウンズだ。
 正確に言うならば、彼はラウンズでありラウンズではない。
 円卓を意味する席は、あくまでもワンからトゥエルブまで。その中で空席があろうと、少年が空席に座ることは許されていない。
 あくまでも、彼はナイト・オブ・ゼロ。
 皇帝に繋がれた、亡霊の騎士なのである。
 そんな少年に、なにが楽しいのかナイト・オブ・テン、ルキアーノ・ブラッドリーが絡んでいた。
 正直に言えば、モニカはこの男を好んでいない。
 彼が嫌いな理由など、一言で済む。
 騎士として最低限の品さえ、持ち合わせていないのだ。好む理由が無い。
「その辺りにしておいたら? 私たちだって、暇ではないはずでしょう」
「まったくだ。いくら空き時間とはいえ、もうちょっと建設な話は出来ないのか」
 呆れた女性二人の言葉に、ちろりとルキアーノが顔を上げる。
 にやにやと笑う表情が気に入らない。
 だから品が無いというのだ。内心で、モニカは吐き捨てた。
「私は大事なものはなにかと、聞いているだけだが? 無視をされれば、答えを得るまで聞きたくなるのは人の性というものだろう」
「お前が人を語るとは、驚きだ。ブラッドリー卿?」
「エニアグラム卿は私をなにか勘違いなさっているようだ。私ほど人間を愛している者も、おりますまい」
 演技がかった大仰な仕草で、一礼して見せ浮かぶ笑顔がタチの悪さをこれでもかと表していた。
 しゃあしゃあとよく言う。
 そういう発言は、吸血鬼の二つ名を返上してから言うものだ。
 言葉にしない代わりに顔を揃って歪めていれば、ルキアーノは説教は終わったとばかりにまたゼロへ絡みだした。
「………ブラッドリー卿」
「おやぁ! やっとお返事いただけるのですか? ナイト・オブ・ゼロ」
 わざわざ一句一句区切ってゼロを呼ぶのは、彼が呼び名に対し嫌悪を地味に示していることを知っているからだろう。
 大の大人の男がやることか。
 嫌悪しか出ない男の行動に、矢張り一発叩き込むべきかノネットは真剣に検討しはじめた。
「私の大切なもの、でしたね」
「えぇ。やはり命ですか、命でしょうね。それとも地位? 名誉? 権威? 権勢? 愛? 心? 思い出? 大切なものはなんです? ナイト・オブ・ゼロ」
 ぐだぐだと連ねる度に男の嘲笑が、深くなる。
 命あっての、すべてです。生きているから地位にすがりつくことが出来、名誉を得られ、権威や権勢を誇ることが出来、愛や心なんてものを自覚出来る。
 ならばやはり命がもっとも大切なのでしょう、そうだ、そうに決まっている。
 自らの台詞に酔いしれるような男へ、冷ややかな視線が注がれた。
 気づいた冷静さに、ルキアーノが眉を寄せる。
 不機嫌だ、告げる男の空気などものともせずに、先月ようやく十四となったルルーシュが手にしていた本を閉じた。
「易々と口に出来るものなんて、本当に大切ではありませんよ」
「なに………?」
「易々と口に出せるなら、それはその程度の大切でしかない。と申し上げているんだ、ナイト・オブ・テン、ルキアーノ・ブラッドリー」
 ひゅ、とルキアーノが喉を鳴らし、口元に浮かぶのが歪な嗤いだ。
「ほォ? では、お前の大切なものはなんだ」
「ここはブリタニア、競い争い奪うことを奨励される国。大切なものとは、即ち弱点。俺を失脚させたいのだかどうだか知らないが、わざわざ弱点を晒す馬鹿と同列に並びたいのか」
 思春期只中にいる少年とは、到底思えぬ露骨な侮蔑に男の顔色が変わる。
 マントの下に吊らすナイフに手をかけるのと、ノネット、モニカが動くのがほぼ同時。
 ルルーシュも、黙すままのビスマルクも動かなかった。
『そこまでにせよ、ナイト・オブ・ラウンズ』
 一言、低い声に、全員が揃っていっせいに膝をついた。
 椅子に座っていたルルーシュも、攻撃態勢であったルキアーノも、止めようとしていたモニカとノネットも、例外ではない。
 誰一人欠けることなく、礼を取っている。
 ナイト・オブ・ラウンズが問答無用で膝をつく存在など、ほとんどいない。
 皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが、モニタ越しに居た。
『ナイト・オブ・テン、ナイト・オブ・ゼロはエリア3へ行け。小うるさい連中を構ってやれば、お前たちもそこで騒ぐことも無くなろう』
「イエス・ユア・マジェスティ」
 揃う硬い声に、ちらと視線だけでノネットはルルーシュを見つめた。
 彼女とビスマルクは、正確にルルーシュの出自や状況を理解している。
 この声に従うことさえ、本当は業腹のはずだ。
 考えはそのまま、行動に移っていた。
「恐れながら陛下」
『なんだ』
 話は仕舞い、とばかりにしていたシャルルが、あげられる声に目を細める。
「たまには、わたくしにも骨のある相手を与えて頂きたく思いますが」
 ノネットの言葉に、にやりとモニタ向こうにいるシャルルが笑った。
 内心に気づいているのか、それとも意見してくる武闘派な彼女を面白いと思ったのか。判断は難しい。
『好きにせよ。ルルーシュ、現場の指揮はお前が執れ』
「イエス・ユア・マジェスティ」
 硬い声の従順な言葉を最後まで聞くことなく、モニタの画像が点いた時の唐突さで途切れる。
 完全にディスプレイが沈黙すれば、ゆるゆると誰ともなく立ち上がり始めた。
「久しぶりに一緒だな。よろしく頼むぞ、ルルーシュ」
「まったく、あなたは……」
 苦笑のような、疲れた笑みはやはりどこか血色が悪い。
 当然か、と、眉根を寄せた。
「陛下の命は下った。ならば迅速に行動に移せ」
「イエス・マイロード」
「わかっている。ほら、行くぞブラッドリー卿」
「わかっております。では、皆様。御前、失礼いたしますよ」
 やはり大仰な形で礼をして、辞していく。
 扉向こうで、ナイト・オブ・ナインの声だけが聞こえてきて、ビスマルクは眉間に指を突いた。
 主君は、どこまでわかっていて為すのだろうか。
 求める解答が、沈黙するディスプレイから得られるはずもなく、嘆息がビスマルクよりこぼれ出た。



***
 モニカの口調捏造しました。ルキアーノも。だって、全部合わせて五分も喋ってないだぜ……!
 ビスマルクは苦労性でいいと思います。←


切り抜いて日常、




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