状況が動いた。 シュナイゼルの退席後、星刻、天子、神楽耶は一同に状況が全て揃っている場所、"神根島"への移動を提案した。 ディートハルトや扇は、そんなことよりも停戦条約が結ばれている間に日本の返還を報道しようと主張したが、それは司令官である星刻の一言により却下される。 曰く、こんな裏取引とわかるものを堂々と報道しようとすることのほうがどうかしている。ということだ。 まったくもってその通りだと、ラクシャータはやはり寝そべりながら肩を震わせて笑った。 そんなわけで、イカルガ内である。 居心地の悪そうな黒の騎士団幹部達とは異なり、神楽耶は笑顔だった。 そりゃもう、素晴らしいほど完璧な笑顔である。 後ろにいる般若も、笑顔に違いないほど笑顔である。 「とりあえずあなた方、そこに正座なさい」 そこ、と指差したのは、室内の絨毯敷きになった床ではない。 正真正銘、中央管制室の冷たい床だ。 躊躇うような動きを見せる千葉に、神楽耶は「二度は言いませんわ、はやくなさって」とばかりの笑顔を浮かべる。 若干顔を青ざめさせながら、藤堂が正座をすれば習うように千葉が、扇が、正座していく。 正座という座り方に慣れないディートハルトや玉城は、はやくも根をあげそうだったが笑顔の彼女が許さない。 辛うじて、軍人として過酷な環境にも慣れているヴィレッタが座り辛そうに居住まいを直していた。 「で、どなたが亡くなられたのか、わたくしに説明してくださいますわよね?」 矢張りにこにことした笑顔で、立つのが扇の前だ。 言いたいことがあるなら聞いてやる、とばかりの態度は、まさしくこの国の最も尊いとされる血族の一人である。 ミニスカートから伸びる足が、無言でダン、とその場を踏み鳴らした。 吐け。言外に突きつけられるそれに、扇が抵抗出来るわけもない。 ぽそりぽそり、とシュナイゼルに告げられた事実を、報告する。 終始うな垂れたままだった男に、ひっそり嘆息を吐いたヴィレッタを誰も責められないだろう。 それだけの迫力があると言ってしまえばそれまでだが、それにしたって情け無い後姿なのである。 「はぁ、ギアス」 他人を操る、強制的な暗示術。 「千草……、彼女が、それをされたことがある、と証言している」 「あら。はじめまして」 「……どうも」 「で、どちら様でしょう? あなた」 はじめてお会いいたしますわ。 にこやかな言葉に、はた、と南や杉山が固まった。 そういえば、彼女は扇の地下協力員であること以外まったくの謎の存在だったのだ。 扇が彼女の意見を重用するため、彼女が正しいと思っていたが。 そういえば、彼女は誰だろう? じぃ、と注がれる視線に、ヴィレッタが困惑するように扇へ視線をやった。 「あ、彼女は、その、俺の地下協力員で……」 「まぁ。ゼロ様もご存知なかった地下協力員ですの? あなたにそんな度胸があったなんて、驚きですわ」 白々しい感嘆の声に、むっとした表情で何事か言い返そうとした扇であったが、神楽耶の眼光に射抜かれ口を噤んだ。 所詮、この程度かと黒髪をゆるやかに払って少女は睥睨する。 褐色の女に、星刻が小さな反応を浮かべる。気づいたように、ちらと少女が振り向いた。 「この方をご存知ですの? 黎司令官」 「……ん? 嗚呼、ブリタニアの男爵だろう」 あっさり告げられ、周囲の気温が一気に落ちる。 神聖ブリタニア帝国の、男爵。 それはつまり、敵も敵ではなかろうか。 「前回のブラックリベリオンの際、取り立てられた軍人の中でトップだったのが彼女だというのを記事で読んだな。騎士侯から正式な貴族へ上がる人間は、少ない」 もっとも、一番取り立てられたのはたかがナンバーズでしかなかった枢木スザクなわけだけれど。 今は関係ない、とばかりに、必要なことを一言で済ませた。 「違う! 彼女は」 「どこが違うと仰るのかしら? えぇと、千草さん、でよろしいのかしら? ブリタニアの男爵様」 「あ……え、っと……」 「馬鹿馬鹿しい。彼女の素性はどうであれ、ゼロが俺たちをだましていたことは変わらないだろう!」 「馬鹿はどちらです。彼女がブリタニアの、敵側の人間ということは、わたくし達を騙していたあなたも同罪ですのよ? 嗚呼でも、あなたを売ってもブリタニアからなにか引き出すことは出来なさそうですね」 役立たず。 冷え切った声音に、扇が口元を引きつらせる。 「あなたがた、本当にわかっていらっしゃいます? これがどれだけ、超合集国連合にとって裏切り行為であるのか。この状況を打破出来なければ、第二第三の侵略戦争が幕を開けます。ちゃんと現状をご理解されてます?」 痺れた足に身じろぎをした玉城に、聞いていらっしゃいます? と、笑顔全開の神楽耶が詰め寄っていく。 「しかも情けない。あなた方、ゼロ様のお声を知っていたとは初耳です。妻のわたくしですら、仮面越しの声しか存じ上げませんのに」 「………それは」 いくらでも改竄可能の情報。 いくらでも捏造可能の証拠。 それらを鵜呑みに出来るとは、なんとも羨ましい脳みその持ち主だ。 笑顔の彼女は、まったく笑っていない。 「自分に都合の良い情報しか、開示しなかった可能性は?」 「十二分にありえるだろうな。カードの全てをあらわにしてやる必要性など、皆無だ。第一、ギアスといったか? その能力ですら、眉唾が過ぎる」 「だけど実際、千草が!!」 「彼女はブリタニアの軍人だったのだろう。そんな便利な暗示能力を使わないほうが、可笑しいと思うが」 味方になったのはいつだ、と問えば、ブラックリベリオン真っ只中だったことを示すことになる。 それは、扇の立場を危うくするほどの問題で、口を閉ざさざるを得なくなる。 「我々にギアスという能力を使った、という証拠は無いようだが、それに関しては?」 シュナイゼルが提示してきた情報には、元日本解放戦線の人間が載っていてもそれだけだった。 黒の騎士団の人間は、欠片も含まれていない。 高亥は兎も角、中華連邦の人間も推して知るべしだ。 ゼロをブリタニアに売れたことが、良い証拠である。そんな便利な能力を持っていたなら、絶対に裏切るなとかければ良いものをしなかった。 それが、ゼロという人間を示しているのではないか。 心があれば、どこでも日本だと百万の人間を救い。 天子を守ったことを恩に着せ、自分に都合の良い同盟を結ぶことも出来たのにそれをしなかったゼロの、本質こそ。 そこにあるのではないか。 短いながらの付き合いである星刻でさえわかるのに、何度となくゼロに救われているはずの彼らがわからなかった理由こそわからない。 否、たった一言二言でゼロを失脚させることが出来るほどの腕だからこその、帝国の宰相か。シュナイゼル・エル・ブリタニア。 「第一、ナリタの一件は紅蓮弐式の輻射波動が計画の要だったようだが、そこにギアスが介入する隙間があるのか?」 土砂崩れを前に、人間一人操ったところでどうなるというのか。 呆れたような様子で星刻が言えば、まったくだとばかりに神楽耶が首肯する。 「どうやら皆さんには、今までご自身がなさってきたこととゼロ様が導いてなさってくださったことを比較して自らを省みる機会が必要なようですわね」 にっこり笑顔の語尾には、ハートマークさえ浮かびそうである。 だが、残念ながら彼女の後ろに浮かんでいるのはかわいらしいピンクのハートマークではなくおどろおどろしいほどの般若の面だ。 きっちり締め上げる。そう言わんばかりの少女に、大の大人達は息を呑んだ。 *** こんな神楽耶様の後ろでは、天子様がきらきらした尊敬の念を送っていることでしょう。 寿命が尽きる前に、軌道修正がんばれ星刻。← |