なんだか全てを、ぐしゃぐしゃに踏み躙られた気分だ。
 細く、まだ幼い手足を必死に動かして、ルルーシュは逃げていた。
 そう、逃げたのだ。
 彼女から、ナナリーから。
 自分があまりにも、惨めで、情けなくて、涙さえ浮かぶ姿を、晒したくなくて。
 逃げ出したのだ。
 息が荒い、耳の奥が五月蝿い、けれど止まれない。
 苦しい、苦しい、どうして苦しいのかわからない。苦しすぎて涙が浮かんでいるのかもしれない。
 けれど止まれない。
 幼い少年の肩にかかる、漆黒のマント。ナイト・オブ・ゼロを示す証。
 小さな少年には、あまりに不釣合いの重い名前。
 全ては、ひとりの少女のためだった。だがルルーシュは、少女から逃げている。
 必死で手を、足を動かして、ドシン、と誰かにぶつかった時、ようやく少年の瞳から衝撃と驚きも含めて涙がぽろりと零れた。
 泣くことを必死でこらえていたはずなのに、一度零れてしまえば止めるのは難しくて。
 ぽろりぽろり、零れ落ちていく。
 一生懸命止めようとする手を、皮手袋に覆われた女性の手が止めた。
「どうした、ルルーシュ」
 張りのある声は、馴染みのあるものだ。
 ナイト・オブ・ナイン、ノネット・エニアグラム卿。
 年はかなり違えど、列記としたルルーシュの同僚である。
「ん? お前が泣くなんて、よっぽどだろう」
 どうした? 手袋を取って、目元を濡らす涙を形良い指先が拭う。
 ふるふる、と、被りを振れば、こっちにおいでと促された。
 平素、大胆かつ豪快な女性だが、触れる指先は慰撫に似ていた。
「その花はどうした? どこで摘んできたんだ?」
 綺麗だな、見せておくれ。
 千草色の髪を揺らして、少年が手にしていた花を見つめる。
 高い子供の体温に、ぎゅっと握られてしまっていたためか、花は萎れかけていた。
「………ナナリーに」
「うん」
「ナナリーに、あげたかったんです。あの子の、誕生日だから」
 けれど、自分には何もなくて。
 呟かれて、女は知らず眉を寄せた。
 ナイト・オブ・ゼロとして生活のほとんどを保障される彼は、逆に言えば自由に扱える金銭をほとんど与えられてはいなかった。
 子供に無償労働をさせている、と、憤ったノネットは、よく覚えている。
 元手は小さくとも、今の彼ならばいくらでも投資や投企で財産を増やせるだろう。
 ブリタニア皇帝は、自分に刃向かうことも予想される相手に余力を与えてやるつもりはなかった。
 言ってしまえば、金銭の自由を取り上げることでルルーシュの牙をひとつ折ろうということだ。
 そして、最低限の給料は全てナナリーの生活を守るためのものに費やされている。
 たたでさえ彼は、ナナリーが生むであろう五倍の利益を生む、と、公言してしまっていた。
 ここで注目しなければならないのは、あくまで予測数値を基準としていることだ。
 どれほどふざけた数字でも、ブリタニア皇帝が"ナナリーならばこの程度の利益を生んだはずだ"としてしまえば、それが基準なのである。
 ルルーシュは、自らの分も含め、その何倍もの利潤をブリタニアへ還元せねばならない。
 体の良い奴隷だ。吐き捨てたのは、ノネットも親しくしているコーネリアである。
 最愛の妹へ、プレゼントを買う余裕も残せない。
 けれど、誕生日プレゼントはあげたかった。
 だからこそ、どこかの庭園からそっと摘んできたのだろう。
 そこまではわかったけれど、ならばどうしてルルーシュが泣いているのかということだ。
 彼の妹に対する愛情は、ノネットもよく知っている。
 ナナリーから兄に対する愛情も、また然り。
 少年が泣いている理由がわからず、どうしたのか直球で聞いた。
 こういうことは、回りくどく言っても始まらないものである。
「……ミレイが、来ていて。ナナリーに、ぬいぐるみをあげていたんです」
 アッシュフォード家は、現在も後ろ盾として存在している。
 皇籍を返上してしまったルルーシュは外れるが、ナナリーの後見をしているならば確かに誕生日プレゼントくらい渡しに来るだろう。
「……僕は、ナナリーにあんな大きなくまのぬいぐるみをプレゼントしてあげられない」
 こんな花が、やっとなんて。
 言いながら、涙がまた浮かんできたのだろう。
 手で乱暴に、目を擦った。
「馬鹿者め」
「……わかっています」
「わかっていない。ほら、行くぞ」
 ぐい、と、多少乱暴とも思える強引さで、ノネットが来た道を戻るようにルルーシュの手を引いていく。
 コンパスの圧倒的な差に、足をもつれさせながら少年は快活に笑う女を見上げた。
「ナナリー皇女殿下に、私もいいプレゼントを思いついたのさ」
「……なんですか」
「お前に決まっているだろう。ラッピングもリボンもないが、まぁいいか。中身に価値があれば別に」
 頷いて、ずんずん歩いていく彼女に引きずられるようにしながら、目を白黒させているルルーシュに笑いかけてやる。
「大事な妹の誕生日に傍にいてやらないなんて、ひどい兄だぞ?」
 まぁおかげで私も皇女殿下の誕生日に、手土産無しという無礼は免れたがな。
 からからと笑いながら、少女へ続く道を歩く。
 辿りつくまでに、少女が泣いていなければいいと思った。
 せっかくの誕生日なんだ、兄妹水入らずにさせてやりたい。それが無理なら、せめて二人を逢わせてやりたい。
 そう思ってしまうのは、悪いことではないはずだ。
 まだごちゃごちゃと言っているルルーシュのことはまるっと無視して、ノネットは楽しげに笑う。
 どうせなら、俵担ぎにでもしてやろうか。そうしたら、もっとプレゼントのようになる。
 良い思いつきに、女の笑みが深まる。
 離宮へ続く道に子供特有の高い悲鳴と、ノネットの快活すぎるほど豪快な笑い声が響いた。



***
 ノネットさんなら、子ルル肩に担ぐくらい余裕だと私信じてる。
 彼女が誰だ、って思うかたは、ぜひともPS2かPSPのゲームをやってください。



ベスト・プレゼント!




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