小鳥のように、身を寄せ合う兄妹だった。
 ビスマルクとて、暇ではない。ナイト・オブ・ワンとして、国内外のあらゆることに借り出される。
 それが戦場だろうと、社交場であろうと変わりは無い。
 政治的な側近というには、彼は武力に偏りすぎていたが報告書だけでは済ますことの出来ない報告もある。
 そのため、皇帝の時間を割いてでも口頭報告の義務があった。
 他にも、鎮圧後の情勢を見るために各地へ赴き、また他のラウンズ達の指揮を執らなければならない。
 彼は決して、暇人ではない。まして、慣れぬ子供の面倒さえも押し付けられたのだ。
 もっとも、最後を言うならば子供は非常に手のかからない存在だった。
 起床から食事、自らのトレーニングメニューまで、すべて自分でプランニングしてビスマルクに報告し、許可を得てからは黙々とそれに従事している。
 大人しく、手がかからず、頭の回転も良いので軽い会話の相手にはもってこいだ。
 そんな子供が、我侭を承知で、とばかりに、ひとつ要求をしてきたことは少々意外だったが内容を聞けば意外でもなんでもない。
 妹の面会に、行っても良いか。
 否と言われれば、歯がゆい思いに駆られようとも子供は頷いたに違いない。
 だからこそ、ビスマルクは首肯してみせた。
 驚いた顔をした子供に、失笑が浮かぶがそれは消す。
 表向きは、兵士たちの慰労だ。それは忘れるなと念を押し、病院で分かれた。
 軍病院でもあるここのほうが、治療チームが揃っている。だからこそ、皇室御用達の侍医がいる病院ではなくルルーシュは此方の病室に移したのだ。
 皇室専用の病院は、確かに警護がしっかりしている。だが同時に、暗殺件数が異常なほど多かった。
 成功しようと、病状の悪化の一言で済むことを思えば当然だろう。
 軍病院の縄張り意識は強い。歴戦の兵士や、傲慢な貴族あがりの将校を相手にする医師や看護師も多いため、医療チームは一癖もふた癖もある人間が揃っていた。
 そういった意味で、安全だと判断したこともあるのだろう。
 表向き、軍高官の娘という触れ込みでナナリーは軍病院に入院していた。
 ブリタニアで、高位の軍人の家が襲撃されることも日常茶飯事だ。少女が入院していようと、この隠れ蓑ならば違和感も少ない。
 勿論、一つまみの医師達は事情を知っていたが、全員が口を噤んでいた。理由はなにも、彼女がブリタニア皇族だからというだけではない。
 ビスマルクは、無粋と思いつつも扉の外から僅かに見える兄妹の姿を見て隻眼を伏せ腕を組んだ。
 あんな様子の二人を見て、協力したいと思わなければ嘘だろう。
 権力欲のみに取り付かれた人間はともかく、医療現場の最前線に立つ人間はブリタニアにあってもそれなりに弱者救済の心を残している。
「まぁ、それではお兄様とは、あまり会えなくなってしまうのですか?」
「うん。でも、出来るかぎりここに来るよ。ナナリーのことは、ルーベンに頼んであるから大丈夫」
 アッシュフォード家は、マリアンヌの崩御に伴い失脚しかけるも、ルルーシュがナイト・オブ・ゼロの席につくことで辛うじて首を繋げた。
 もともと、KMF開発に強い家だ。
 福祉から軍需産業に移ることは業腹だろうが、背に変えられないところもあるのだろう。
 第六世代あたりの構想まで、既に軍に提出されていた。
 有能な家系がブリタニア軍から離れず、なによりだと男は思う。
「おにいさま、ごむりを、なさっていませんか?」
「大丈夫だよナナリー。お前が心配に思うことなんて、なにもないんだ」
 そっと、柔らかいほほにキスをして、少年は妹に微笑んで見せる。
 ナイト・オブ・ラウンズの席につくことを赦されたからといって、彼の立場が好転したわけではない。
 他の皇族からの嘲笑、非難、迫害、排斥のための悪質な行為。
 それらをすべて、小さな身体で受け止めていた。
 加えて、彼が今叩き込まれている戦略の数々は人を殺すことだけに特化したものだった。
 しかも、離れたところからより効果的に、合理的に、人を殺す手段だ。
 生き残るために、必死で銃を乱射するのではない。
 理性を保ちながら、人を殺せと命令するための作戦を、ただの子供が叩き込まれている。
 それは、どれだけこの子供の精神を摩耗させていっていることだろう。
 ビスマルクは、容赦をする気は露となかったが、思ってしまった。
「大丈夫だよ。ナナリー。だからそんなに泣かないで」
「でも、でも」
 しんぱいです。おにいさまは、おやさしいから、ナナリーはしんぱいです。
 泣き出してしまう妹を、いつか血だらけになってしまう両手でせめてとばかりにルルーシュは抱きしめた。
 血塗れた手で、彼女を汚すことだけは出来ない。
 モラトリアムは短い。だからそれまで、抱きしめることを、恐れはしない。
「愛しているよナナリー。僕の大事な妹だもの」
 だから笑って。ナナリーの笑顔が、僕を元気にしてくれるんだ。
 少年は、笑顔だった。これ以上ないほどの。胸に痛みを、傷を、絶望を、抱えていることなど、想像に難くないのに、ちらとも見せず。
 ただ妹に、笑いかけていた。
「”ゼロ”」
 時間は、早く過ぎる。
 少年もまた、彼が扉の外にいたことに気づいていたのだろう。
 部屋の中を見ないまま、声をかければ衣擦れの音がした。
「もう行かないと」
「いや、いやです、おにいさま。ナナリーもおうちに」
 帰ります、という言葉を、少年は抱きしめることで聞こえない振りをした。
 そっと離れれば、兄の意図を感じ取った妹はなにも言わない。
「また来るよ。今度は両腕に、花束を持って」
「すてきです。それは、ほんとうにすてき」
 少年の言葉に、少女も笑って見せた。
 それしか出来ない、子供たちだと。ビスマルクは、理解していた。
 自分がどれだけ非道かも、理解していた。
 だが、心をひき潰してでもやるべきことがあることを、少年も男も、理解していたから。
 なにも言わなかった。



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 ・・・パターン2を書く前に、書きあがってしまいました。
 ちっこいナナルルは、どれであろうと書きたくなります。ナナリーはルルの癒しであってください……orz


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