だって、いらなかったのだもの。
 慎ましい様子で、美しく笑う母親から、零れる絶望。
 動くことも出来ない息子に対し、彼女は朗らかな笑みで続けた。
「あら? ルルーシュったら、私がナナリーを庇って死んでしまったと思っていたの?」
 私はそんなに理想的な、母親だったのかしら?
 しとやかに小首を傾げるけれど、返せる気力などありはしない。
 言葉があまりにも、衝撃的すぎて。
 言葉があまりにも、絶望的過ぎて。
「だ、だって、あの子は、ナナリーは、襲撃が原因で、足が、目だって………!!」
 あの子の、光は。あの日を境に、奪われて、しまって。
 いつだって闊達に走り回っていたのに、動けなくなって。
 その、原因が。
「だって、いらなかったのだもの。ナナリーのほうが運動神経が良いようだったけれど、やっぱり資質としてはルルーシュだったし」
 なんで、そんなことを、あっさりと言うのですか。母上。
 なんで、そんな風に、あの子を切り捨てるように。
 まるで憎悪すべき皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアのようなことを。
「ルルーシュ? あらあらどうしたの?」
 問いかけるけれど、腕に抱こうとすることはない。
 やさしい笑みを浮かべて、柔らかい微笑を浮かべて。
 ……そういえば、この美しいひとの腕に抱かれた思い出があっただろうか。
「ルルーシュ」
 美しい、笑みなのに。
 あなたは誰だと、泣いてしまいそうだ。
「あんな襲撃程度で、失明してしまうようでは矢張りナナリーに戦場は無理ね。私の見立てが、正しかったようでなによりだわ」
 慈愛に満ちた表情で笑う彼女に、眩暈がする。
 見立て? なんの? 戦場に対する適正?
 だって、ナナリーは、まだたった六つか七つで。そんな少女に、適正なんて。
 言い募ろうとして、言葉を飲み込む。
 たかが十の子供が、母を殺された絶望を怒りに転換し、皇帝へ刃向かった。
 それは、誰だ―――?
 悟ったことにさえ気づいたように、マリアンヌが黒い豊かな髪を弛ませて笑う。
「えぇ。いい子ね、ルルーシュ。よく、私の言いたいことがわかって」
 全部そのためよ。
 なんでもないことのように、言われ、漂っていたのが絶望の淵と知る。
 襲撃は、作為を以って行われた。
 ルルーシュを、皇帝へ刃向かわせるために。
 彼が、ブリタニアという国を憎むために。
 ナナリーは、格好の材料であったに違いない。幼少時、誰よりもそばにいたのはクロヴィスでもユーフェミアでもシュナイゼルでもコーネリアでもない。母である、マリアンヌだ。
 ルルーシュが、妹を心底から大切にしていたことなど、知っていて当然。
「なんで……、なんで……! なんでですか?! 俺は、俺を………ッッ!!」
「あらルルーシュ。どうして、なんて、あなたが聞くの? 私は、ブリタニア皇帝の后妃なのに」
 競い、争い、奪い、騙すことを国是とする国の、頂点に沿うことを許された女の一人。
 そんな女が、国是を為すことになんの疑問があるのかと。
 笑う彼女は、確かに女であるけれど。
 欠片も"母"などではなかった。
「いい子ね。ルルーシュ。ここまでやさしくなるのは、計算外だったけれど」
 私に似なかったのは、とても残念。
 肩を竦ませる、目の前の女は誰だ。
「さぁ、行きましょう」
 伸ばされる手に、かぶって見えるのはかつて手を伸ばしてくれた少女たち。
 それは、ナナリーで、シャーリーで、ユーフェミアで、C.C.で。
 いつだって、その手をとりたかった。
 取れたのは結局、C.C.の手だけだったけれど。
 けれど、この手はとりたくなかった。
 最愛の母だ、彼女がどうして殺されたか知りたくて、ここまで這いずってでもやってきた。
 だが、目の前の彼女をもう、母だと見られない。
「ルルーシュ?」
 笑顔で促す女に、魔王を名乗る少年も笑い返す。
 嫣然と、なによりも美しく。
 泣きそうになりながら、震えながら。
「えぇ、そうです。私はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにして、ルルーシュ・ランペルージ。そして………ブリタニアの崩壊を招く深淵の魔王、ゼロだ」
 ブリタニア皇族など、手を取れるわけがないでしょう?
 嘲るように浮かべられた笑みが、誰に向けられたものなのか。
 知る者は、この場にいない。



***
 ついに来週、アリエスの離宮襲撃事件の真相が明かされそうですねー。
 頼むから、もうこれ以上ルルにひどいことしないで公式ー;


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