とりあえず、報告を聞くまでおとなしくしてやっていたのだ。
 もう十分だろうと、ラクシャータは口の端を知らず歪ませる。
 ゼロの追放に、欠片も噛ませなかったのはどういう理由か問い詰めようと口を開く。
 曲がりなりにも技術主任である。
 黒の騎士団にいるKMFは全て彼女の手が入っているし、持ち出された蜃気楼も彼女の作品だ。
 ゼロの追放にしてもそうだ。なにも彼女は、はじめから黒の騎士団に好意的だったわけではない。
 彼女はあくまでも、インド軍区の独立を目指しキョウトと手を組んでいた関係で此方に派遣されたに過ぎない。
 つまり、
「ぶっちゃけアタシ、黒の騎士団に義理はないのよねェ」
 思わず漏れた本音に、周囲がぎょっとした顔を示す。
 あきれた。そんなことも、自覚がなかったのだろうか。
 キョウトと黒の騎士団を結んだのはゼロの手腕で、彼女がここまで関わってきたのは彼がいたからという要因が強い。
 そのゼロがいないのだ。
 今後の身の振り方を、考えるべきかと手元でくるりと煙管を回す。
「しかしラクシャータ。あなたがいなければ、紅蓮の調整は」
「そォなのよ。紅蓮弄られまくった解析、まだ済んでないし」
 終わるまでは此処に残ってよォかしら。
 怠惰に考えこむ女の言葉に、安堵を浮かべたのは扇をはじめとした数人だけで、厳しい表情の人間は多い。
 つまり、紅蓮の解析が済めば黒の騎士団に用は無いと言っているようなものだ。
「うちの子が他所の奴だけの手で整備される、ってのも不安だから、お嬢ちゃんにでも叩きこんどこうかしら」
 ちら、と視線を投げられて、赤い髪をした暗い表情の少女が露骨に身体を跳ねさせる。
 操縦や換装に素晴らしいセンスを持ち合わせていようと、機械工学は完全な専門外だ。
 まして、紅蓮はラクシャータとブリタニアの研究者軍団が手を加えた第七世代KMFを超えた完全なワン・オフ機体。
 そんなものの整備など、どうすれば良いのか。
 いくら彼女の学習能力が高いとはいえ、一朝一夕で入るものではないことは容易に想像がついて、ぶるぶると被りを振るった。
「むむむ無理ですいくらなんでも!!」
「でも、ゼロはけっこー整備に口出して改良点あげてくれたわよ?」
 人間やれば出来る出来るぅ、と、楽に言われても無理だと少女は首を横にする。
 なるほど確かに、ルルーシュならば出来るだろう。
 彼の頭の回転、そもそも詰まっている知識量が違うのだから。
 だが、カレンは完全にわからない状態からだ。そんなところから、いきなりこの機体のビスが、などと語られてもわからないに違いない。
「……ゼロの話題は」
「避けて通れるモンでもないデショ。神楽耶様への説明も、下っ端への説明も、各国の諸代表への説明も、ぜぇんぶ残ってンのよォ?」
 まさかシュナイゼルがそこまでお人よしにやってくれると思ってんの? 呆れたような視線を投げかけられて、彼らは沈黙した。
 千葉がいたから、一概に男は愚かな、と言う気は無いが、それでも愚かだと思ってしまうのはどうしようもないだろう。
 こんな情勢下である。騙されるほうが悪いのだ。少なくともゼロは、騙し続けるつもりでいただろう。
 でなければ、わざわざ派手なパフォーマンスと共に扇達捕縛された黒の騎士団を助け出すわけがない。
 馬鹿ねェ。つぶやきが漏れれば、千葉が色めき立つ。そういえば、彼女はゼロに不信を持った仲間が殺されたのだったか。
 だが、今は戦争中なわけで、誰かが死ぬのは当然だ。
 ラクシャータには、人を殺すKMFを整備しているという自負がある。その上で、彼女は人間の側に踏み止まりたがって、足掻いている。
 この感情を、誰かに押し付ける気は無い。
 壊れてしまうのも、御免である。
 騙し騙されなんて、いつの時代もどんな状況でもあるくせに。
 なんでこうもわめき倒せるのか、疑問が浮かぶ。若さだとは、生憎思いたくなかった。
「蜃気楼もあるし、ゼロ探してあっち付こうかしら」
「ラクシャータ。君にいられなくなるのは、困る」
 素直な藤堂の言葉に、けれど女は唇に嘲弄を乗せる。
 困る? それは此方の台詞だ。ゼロが消えて、黒の騎士団のベースが制圧された時の亡命の苦労は、二度目を経験したいほど良い記憶にカテゴライズされていない。
「こっちの意見をなんも聞かなかったアンタらが、アタシにそれを言う?」
 確かに、会談に居合わせなかったのは自らの意思でしかない。
 けれどまさか、幹部で話し合うこともせず、すぐさまゼロを追放するなど。
 文字通り、やっていられない。という心境だ。
 沈黙はすぐに、KMFの調整、整備についてのこと、これからの作戦についての意見の重用などがあげられてくる。
 しかし、女の耳にはどこ吹く風だ。
 トウキョウ決戦さえ、環状にゲフィオン・ディスターバーを配置するという発想を出してきたのはゼロだった。
 あんなユニークかつ大胆な作戦を持てない連中と、肩を並べてやれる気は無い。
 未だ何事か言い続ける男たちを無視して、彼女はドアへ向かう。
 呼び止められれば、紅蓮の様子を見に行くだけだとあっさり告げた。
 そのまま、待たずに部屋の外を出る。
 紅蓮の調子を見に行くついでに、このまま抜けちゃおうかしらァ。
 あくびを一つ浮かべて、そうだそうしようとあっさり決めた。



***
 ラクシャータ姐さんは、ゼロの追放についてどうだったのか気になります。
 あの状況でハブるって、いくらなんでも酷いんだぜ幹部連中……。


ターメリック・メタリック




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