じ、と見つめてくる視線に、非難の色がなかったことにルルーシュは不思議な気持ちだった。
 目の前の林檎飴のように赤い瞳から、逸らすことは出来ない。ただ、愛想笑いを浮かべることも出来なかった。
 それをするには、まだ弟の死からも妹の死からも、立ち直っていないのだ。
 蜃気楼まで、走っても少し距離がある。
 彼女がモルドレッドに乗り込んで、追うほうが早いだろう。
 ギアスを使う気力は無かったが、それも已む無しだ。生きなければならない。
 なんとしてでも、なにをしてでも。
 決意を固めるルルーシュを前に、アーニャが普段どおりの表情で口を開いた。
「かなしい?」
 一言。ぽつりと呟かれ、面食らったのは少年のほうである。
 妹よりひとつ下のはずの少女から、よもやそんな言葉を聞くなど。
 思わなかったのだ。
 悲しい? 問われて、目元が少しだけ綻ぶのを彼は感じた。
「かなしい。とても」
「そう」
 アーニャは言うと、すたすたと近づいてくる。
 敵意は無かったが、相手はナイト・オブ・ラウンズである。警戒をしなければならないことは、わかっていた。
 だが、何故だか身体が動かなかった。
 自分を見て、罵倒をしなかったからかもしれない。
 非難を向けなかったからかもしれない。わからないけれど、彼女はどこか懐かしかった。
 少女の細い腕が、ルルーシュの細い肢体に回る。
「ルルーシュ、細い」
 やはり呟かれる声は、小さい。
 ふわふわと柔らかい淡紅色の髪へ、自然と手が伸びた。
 撫でようとして躊躇いが浮かべば、また向けられている紅玉。
「え、あ、すまな………」
「なでて」
「え?」
「かなしいから」
 なぐさめを、求めるにはあまりにも淡々とした声音だった。
 けれども、承知したように少年は柔らかい髪へ手を伸ばす。
「………泣かないの」
「全部終わったら、泣くよ」
「そう」
 あなたは、泣き方を忘れてしまったの。
 問いたい気持ちを、ぐっとアーニャは堪えた。我慢は、慣れている。
「アーニャ、様」
「アーニャでいい」
「……アーニャ」
「なに」
「妹と………、ナナリー、と、仲良くしてくれて、ありがとう」
「ナナリー様、やさしかった」
「嗚呼、あの子は、やさしい子なんだ」
 平穏を生きて、ほしかったんだ。
 戦場になんて、したくなかったんだ。
 生きていて、欲しかったんだ。
 ナナリーもロロも、咲世子さんもこの戦争で死んだ人みんな。
 死んで欲しかった人なんて、誰もいないんだ。
 ただ元凶さえ、いなくなることばかりを願うけれども。
 とつとつとした呟きに、アーニャはルルーシュの胸へ頭を預けた。
「さみしい」
「さみしいな」
 ナナリー様、死んじゃった。さみしい、さみしい。彼女はこの胸に、確かに柔らかいものを与えてくれたのに。
 もう、お返しをすることが出来ない。さみしい、さみしい。
「さみしい」
 白桃のような頬に、流れ落ちるのが透明な涙。
 見つめれば、そっとルルーシュがぬぐい、抱きしめた。
「涙は、ひとの体温が効くんだ。母さんが、教えてくれた」
 ぎゅ、っと。抱きしめられて、アーニャは静かにはらはらと泣いた。
 誰も悲しむ余裕を、時間を、隙間を、与えてくれなかった。
 自分だって、このかなしみを世界中にばらまいてきたのだから、嘆いてはいけないのだろうけれど。
 それでも、かなしいのだ。
 かなしいのだ。
「るるーしゅ」
「うん?」
「さみしくて、かなしい」
 呟けば、またぎゅっと抱きしめてもらった。
 この腕から抜け出すのが嫌で、心を固めてしまう。
 嗚呼、彼のもとにいよう。寂しい心を認めてくれた、一緒に悲しんでくれた、寂しいと抱きしめてくれた。
 彼のそばに、いようと。
 決めてしまった少女の脳裏を、黒髪の女性が微笑んでいたビジョンが過ぎった。



***
 追跡役がアーニャだったのは、なんかの意味があるのだと信じてる。
 マリアンヌ様、そろそろ出てこないと出番なくなりますよ。← 


とくんとくんとくん、




ブラウザバックでお戻り下さい。