「僕は君の理解なんて、いらない」
 切り捨てるような言葉に色を変えたのはジェレミアだったが、ルルーシュは笑顔だった。
 決意の炎は揺らめいて、ただ肉体的に疲労が濃い。
 そんな様子だった。
 ゆら、と揺れた腕は力なく崩れ、すぐに下がる。
「しってるよ」
 静かな声だった。ぽつりとこぼれた、小さな声。
「知ってるよ、スザク。友達だったんだ、これでも」
 ともだちだったんだ。
 信じていたという心に、返されたのは「信じたかった」という言葉だったんだ。
 その絶望的な差が、わからないわけないじゃないか。
 力ない笑みだった。けれど瞳だけは、誰に屈することなく、彼を覇者たらしめていた。
 主への暴言へ、眉を吊り上げたままのジェレミアへ大丈夫だからと彼は失笑を漏らす。
 途端、途方にくれる顔を男がするものだから、少年のあどけなさをどこか残した美しい容貌がまた笑みに崩れた。
「ユフィのこと、謝っても許されるとは思わない」
 だけど、謝ろう。
 たくさんの人を殺した、謝って済むような問題じゃない。
 けれど、謝ろう。
 全世界のひとへ頭を下げて回ることは出来ない。
 しかし、生涯侘び続けることは出来る。
 例えばスザク、お前が父を殺したことを今も心に深く根を張り続けさせているように。
 力なく、ともすれば灰となってしまいそうなルルーシュを、生かしているのはなんだとスザクは背筋を戦慄かせた。
 生きているのか、わからないほど危ういほどに、崩れ落ちそうなくせに。
「スザク」
「………」
「世界は、平等じゃない。やさしくない、労わりに溢れてなんていない。お前が心配だよ、スザク」
 世界はうそつきで、だましだまされが横行して、卑怯なやつばかりが良い目を見るように出来ている。
 そんな世界を、スザクは嫌うだろう。
 だから心配だよ。疲れたように、紫の輝石を潤ませて彼は笑った。
「どこへ………、どこへ行くの。ルルーシュ、君は。これから、どこへ」
 引き止める声は、震えていた。
 彼は笑っている。やさしく、はかなく。
「どこへも行かないさ」
 俺はここにいる。
 ナナリーの生きた世界で、ロロが呼吸をした世界で、ユフィを育んだ世界で、シャーリーが笑っていた世界で。
「俺はここにいるよ」
 生きているよ、生きていくよ。
 お前が切り落とした思い出を、もらっていくよ。あれは俺を俺であらせてくれたから。
「スザク。お前を友達だと、思っていてごめん」
 二人でいれば、なんだって出来ると思っていた。
 夢見ていて、ごめん。
「日本は解放された。シュナイゼル兄上の統治だ、まぁ、悪いようにはされないだろう」
 少なくとも、武力による一方的な弾圧は激減するだろう。
「日本に帰れないからって、泣くなよ?」
 枢木スザクは、日本人から嫌われている。憎まれている。最大級の憎悪で、想われている。
 それはなにも日本に限ったことではなく、旧EU諸国やブリタニア国内でも、と言えるだろう。
 フレイヤで奪った命は、それだけの数なのだ。
「俺が、背負ってやれたら良かったんだけどな」
 お前の罪とか、それに付随する罰とか。
 本当なら、俺が背負わなきゃいけないんだけどな。ごめんな、スザク。
 全世界の人間にギアスの存在を知らしめたところで、信じる者などそうはいないだろう。
 ゼロの奇跡を間近で見知っているならともかく、ただメディアを介してしか知らぬ一般人では一笑されてお仕舞いだ。
 わかっていたからこそ、シュナイゼルは黒の騎士団にだけゼロの正体と能力を明かしたのだ。彼が公の電波でそんな発言をしようものなら、一息に笑いものである。
「君の同情はいらない」
「哀れみじゃないさ。ただの感想」
 まっすぐに見つめれば、緩やかに微笑み返された。
「なぁ、スザク」
「………なんだい」
 張り詰めて固くなっている声に、やはりルルーシュが笑う。
 疲れたような、厳しいような、やさしいような、暖かいような、笑みは、魔王という二つ名からは到底考えも及ばぬほどの愛に満ちていた。
「俺は、お前と友達になりたかった。親友とか、そういうものに」
 言葉のすぐ後に、今更だけどな。なんて続けられてしまったら、スザクはもうなにも言うことが出来ない。
 はくはくと動く唇に気にせず、ルルーシュは笑った。
 きみはどこへいくの。
 何時の日か憎悪に塗れた声で、彼に叩きつけた言葉が耳の裏で蘇る。
 世界に受け入れられないことを受け入れた君は、世界のどこへいくの。
 聞いても、答えてもらえない確証だけが募っていった。



***
 ジェレミアが空気過ぎる件について。←
 いや、せめてジェレミアくらいは傍にいて欲しいんですよ。ルル庇って死にそうで不安です。


愛深き亡者のバラッド




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