飛んで消えていく背中を。
 追いかける前に、時間は静止した。
 待っての一言はきっと、轟音と暴風に負けて自分しか聞こえなかった。
 届かない手は、空を泳ぐことさえ出来なかった。
「カレン! ゼロを追え!!」
 扇の声に、はじかれた様に顔をあげる。
 相手は蜃気楼だ。
 恐らく、乗っているのはロロという彼だろうがそれでもスピードを上げるくらいは出来るだろう。
 元々防御に重きを置いている機体だから、ブリタニアの研究者達に散々チューンナップされた紅蓮なら容易く追いつくことが出来るはずだ。
 けれど足が、固まって動けない。
 どうして、扇が自分の顔を苦く見つめてくるのかがわからない。
 兄が死んでからも、自分に一番気を使ってくれている人だった。
 自分を、一番戦場から遠ざけようとしてくれている人だった。
 その彼がどうして、ゼロを追跡して、まるで彼を殺せか、捕縛しろ、みたいなことを言っているのか。
 彼女にはわからなかった。
「扇! C.C.はゼロと一緒じゃないのか」
「わからない。だが、彼女があの機体に乗っていられるのか?」
 ガウェインと違って、蜃気楼はあくまでも一人乗りの機体だ。
 彼女が動かしていないなら、C.C.はまだゼロの私室にいることになる。
 あれほど、誰もが触れてはいけない禁域としていた彼の私室。
 入ろうと躊躇う者は、もうどこにもいなかった。
「ま、待って! ねぇ扇さん!!」
 裏切られたとか、逃げたとか、そういうことは、自分もだから。
 責める権利なんて、ないのだけれど。
 だってもう、少なくとも、ゼロは対価を支払っている。
 ブラックリベリオンでスザクに捕らわれ、ブリタニアに売られ、記憶を奪われた。
 それで、命を奪った罪が消えるわけではないが、少なくともカレンにはもう十分に思えた。
 ナナリーさえ、彼は奪われたのだ。
 友達とさえ、あんなに憎しみあう姿を見せ付けられたのだ。
 ねぇ、待って、ルルーシュの言葉を聴いて。
 お願いだから、ねぇ、待って、待ってってば。
 ゼロの私室へと荒々しく踏み込んでいく彼らを、どう止めて良いのかわからない。
 足を縺れさせながら、追うことに必死で頭がついていかない。
 男達が乱雑に踏み込んでいけば、白い上下のままの姿だったC.C.が絵本を胸に抱いたままクローゼットに逃げ込もうとする。
 けれどそれを、捕らえる腕が伸びた。
 少女から悲鳴が、か弱く上がる。
 だが誰も、かまわない。
 ねぇ、待って、これはなに? C.C.の状態が、異質なのは明らかだ。
 なのに誰も何も言わない。この状態は、なんだろう。
「ゼロはどこだ!!」
 扇の強い声音に、少女がびくりと背を振るわせた。
「ゼロはどこにいる、C.C.!!」
「え、え………あ………」
 少女の視線が彷徨う。
 なにを言われているのか、わからないのだろう。当然だ、彼女には、ゼロではなくルルーシュと振舞っていたのだろうから。
 腕が、自分の腕が、勝手に動くのを止められなかった。
 少女を乱暴に、取り返す。
 目を白黒とさせるC.C.なんて、出会ってからこのかたはじめて見て。………少し、きもちわるかった。
「C.C.は記憶を失っているの!!」
 ゼロと、ルルーシュと会ったことだけじゃない。
 黒の騎士団も、ブラックリベリオンも、そうだ、飛燕四号作戦だって覚えていないに違いない。
 覚えていたら、こんな風に怯えたりしない。
 彼女は仲間ではなかった。ゼロの個人的な共犯者というスタンスを、常に貫いていた。
 だからこそ非難や顰蹙も絶えなかったが、それを彼女は冷笑ひとつですべて黙らせてきたのだ。
 そんな彼女が、こんな風に怯えるということは、すべて忘れているのだろう。
 ずるいとは、あいにく思えなかった。
 それよりも余計に、ルルーシュが気になる。
 姿がそばに在るとはいえ、一番近かった共犯者を彼は失っていたのだ。
「乱暴な真似は、止して頂戴」
「だが、彼女ならゼロの行方を……」
「知ってるわけないじゃない。ルルーシュが、事情を知っている人を置いていくなんてそんなこと」
「……卑怯だ、ゼロは。C.C.を置いて逃げるなんて」
 そんなこと、あるわけがない。
 興奮状態の彼らに、今のC.C.が耐えられるわけないのだ。わかっていて、見捨てるような真似をルルーシュがするはずがない。
 ナナリーの奪還だって、あんなに慎重に、彼女を傷つけないように細心の注意を払っていた。
 ひとりだって、見捨てられないような優しい男なのだ。
 ルルーシュ、ゼロというひとは。
「ゼロを呼びに行ったのは、私よ。扇さん。扇さんに言われて、一緒に四号倉庫へ行ったの」
 つい先ほどのことだ。
 忘れられるわけがない。
 こんな事態が起きるとは、予想していなかった。
 ルルーシュですら、予測していなかったに違いない。だからこそ彼は、君は生きろ、という言葉を使ったのだ。
 自分「は」死ぬけれど、君「は」生きろ、と。
「今のC.C.には、なにを言ったってわからないわ。それよりも、ゼロを追わなくていいの」
 少女を背に守ったまま、カレンはきつく取り囲む人々を見つめた。
 帰ってきてまだ、ほとんど時間が過ぎていない。
 彼らの存在が、捕まっていた間心を支えてくれていた。
 けれど、何故だろう。今は、距離が遠い気がする。
 物理的なもの以上に、心が。
 ゼロを追え、ゼロを捕まえろ、裏切ったんだ、ゼロを、ゼロを、ゼロを。
 憎悪の声と疑心が満ち満ちている。
 パイロットスーツの端を、指で小さくつかまれた。
 金色の瞳が、困惑に揺れている。
「大丈夫よ」
 自分に言い聞かせるように、彼女に言い聞かせるように、カレンは歯を食いしばった。
 だってゼロだもの。
 だってルルーシュだもの。
 大丈夫、絶対に大丈夫。なにが、なんてわからないけれど、大丈夫。
 こく、と、かつて魔女であった少女が頷く。力ない笑みだったが、今はその白い姿に心がどこか癒される。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 呟いた数だけ、本当になる確立があがればいいのに。
 無意味な思考が、カレンの髪をさらりと撫ぜた。



***
 拍手で「つっこさんの巨大獣が〜」というのを拝見して、CD引っ張り出して聞いてたらその通りだったので書いてみました。
 引退っつーか、活動休止が本当に悲しすぎるんだぜつっこさん・・・!! 




メガデス・ビースト




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