ひとつひとつ、室内の物をチェックした。
 仮面、マント、スーツ。
 ゼロとして存在するために、必要なそれら。
 生徒手帳、制服、体操着。
 ルルーシュ・ランペルージとして存在するために、必要なそれら。
 少し迷ってから、財布の中身から金銭をすべて取り出して、別の小さな財布に移すとカード類と携帯電話を畳まれた制服の上に置いた。
 ノートパソコンのデータをいくつか見て、それから初期化する。
 途中、ランスロットの行動分析データを見つけたが一緒に破棄した。
 既にマシンスペックは、この時点からかなりの違いを見せている。
 ならば、このデータに意味は無い。
 折り紙と、写真。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして存在していたことを示す、数少ないもの。
 特に写真は、マリアンヌと三人で写っている数少ないものだった。
 少し迷って、隣にロロと二人並んでいる写真を寄せた。
 あなたの、もう一人の息子です。
 血は繋がっていないけれど。なにも、繋がっていないけれど。
 俺の傍にいてくれました。
 呟いて、ルルーシュは本を一番上から抜き取っていく。
 経営、経済、政治、宗教、心理学、物理、機械工学、リハビリ療法、チェス、料理、365日のお弁当。
 仕分けをしながら、彼は無言だった。
 時折中身を覗いて確認しては、すぐに思い出すのか分けていく。
 棚ひとつを明けた時には、額がうっすら汗をかいていた。
 休憩に、ゴールデンルールを甚だ無視した紅茶と手製のジンジャークッキーをタッパーから出す。
 時間があれば、ピザを焼きたかったところだがそうもいかない。
 幾ばくかを口にすると、満たされたのかもうカップにもタッパーにも手が伸びることはなかった。
 時間は既に、数時間が経過している。
 けれど、ルルーシュは止まることはなかった。
 銃、弾丸、手袋。
 ジャケット、ネクタイ、妙な帽子はキューピッドの日のものか。
 ひとつひとつ眺めては、彼は微笑む。
 愛おしそうに、愛おしそうに。
「ご主人様」
 控えめな女の声に、振り返った。
 笑いかけると、手元へ招く。
 以前であれば、鼻で笑ってお前が来いと言っただろう魔女は、素直に膝元へぺたんと腰を下ろした。
 床へ広がる鮮烈なライトグリーン。
 優しく頭を撫ぜてから、ルルーシュは彼女の両頬を包むように手にした。
「自由に生きろ。もうお前は、魔女でもなんでもない。―――お前のおかげで、俺はここまでこれた。ありがとう」
「ご主人、さま………?」
「忘れてくれ、俺のことは。お前は、俺に縛られなくていい。お前は俺の、被害者だよ」
 困惑する少女に、けれど彼は答えを与えることはなかった。
 代わりに、ひどく優しい声で語りかける。
 共犯者だった。
 彼女がはじまりの歯車に、油をさした。
 かつて魔王を名乗ることを決めた少年が、そっと少女を抱きしめる。
 慣れぬ感触に、少女はあわてるが構わない。
 ただきつく、抱き寄せて。
 不意に離されれば、二人の間を分かつ隙間を彼女はひっそり惜しんだ。
「おやすみ。まったく、お前は俺をよく振り回してくれた」
 カードの残高は減るし、妙な誤解は受けるし。
 それでも、契約を履行させるためと言って彼女は迎えに来てくれた。
 自分を。
「お前と、お前たちとの思い出だけで、俺は生きていける」
 歯向かう牙を、研ぐことが出来る。
 言葉を飲み込んで、額をあわせた。こつん。と当たるそこに、既に呪いの爪跡は無い。
「愛しているよ。×××」
 やさしく、こころを込めて。
 いつか彼女に言われたように、少年は紡ぐ。
「目が覚めたら、俺のことは全て忘れている。騎士団は、お前も被害者だと言うだろう。その通りだ。私の最愛の共犯者」
 問い返そうとした少女の瞳が、強制的に閉ざされていく。
 伸ばそうとした手を、優しくとって少年は笑った。
「ありがとう。C.C.、私の魔女」
 白く染まりかける意識の端で、彼女は確かに声をきいた。
 最早、誰の声かも思い出せないけれど。
 その日を境に、ゼロは消えた。
 ルルーシュ・ランペルージは、フレイヤに巻き込まれ死亡が確定した。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、十年近く前に日本侵攻時死亡している。
 ただ、少年は生きていた。
 やさしくやさしく、紫と赤に染まる瞳で。
 ちいさな世界を、見つめていた。



***
 つっこさんの「箱庭〜ミニチュア・ガーデン〜」からリスペクトで。
「扉を開け、手に入れた全てを置いて出て行こう。」ここが、ルルっぽくないと思っていたのですが。(ナナリーがいるから
 でももうなんつーか、ルルの曲でいいと思います。←  


ミニチュア・ガーデン




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