目の前に、知った顔が三つもある不思議。
 カノン・マルディーニ伯爵。
 シュナイゼル・エル・ブリタニア宰相。
 ルルーシュ。
 ………るるーしゅ。
 笑顔の宰相閣下は、朗らかに笑いかける。
 ここは彼の執務室に隣つけられた仮眠室で、寝台の上、拘束衣により身動きを虐殺された彼が居るのはおかしなことなんじゃあなかろうか。
 考えに到るまでに、三秒ほど時を要した。
「………宰相閣下。これは……」
 これは、どういうことなのでしょう。
 問いかけは、笑顔で答えられた。
「黒の騎士団は、ゼロを見限ったようだよ」
 とても簡潔な答え。
 考えずとも、理由は明白だ。
 帝国の先槍ギルフォード・GP・ギルバート卿を引き込み、かつて人生を貶めたジェレミア・ゴットバルト辺境伯より忠義を誓われ、ナナリー総督が確保されるまで政庁に傷をつけるなという厳命が有り。
 それだけやっていれば、ゼロを崇拝する黒の騎士団とて彼をいぶかしみ、排斥しようとするだろう。
 まして、超合衆国連合の総司令官はゼロではないのだから。
 追い落とすことに、なんの躊躇いもなかったはずだ。
 今は紫電の瞳を瞼に押し隠す彼は、ぐったりと力なく横たわっている。
「………ゼロを」
「ゼロがいなくとも、中華連邦には黎星刻が、エリア11には奇跡の藤堂がいる。まぁ、すぐさま鎮圧が叶うとも思っていないが、君の功績は讃えるに十分であると私は判断している」
「………、自分が、なにを、したと。褒賞を受けるようなことは、なにも」
「フレイヤ」
 単語に、スザクの背が跳ねた。
 ナナリーの命を奪い、政庁の命を根源から消失させ、跡形も残さなかった女神の兵器。
「その威力を、君は超合衆国連合に余すことなく示してくれた。君の覚悟により、舞台は整った」
 宰相、シュナイゼルの操る盤上。
 駒は揃ったと、嘯く瞳が金糸の髪越しに優しく射殺そうとしてくる錯覚に襲われる。
「君には礼をしたくてね。おまけもいくつか付いてきたが、ルルーシュの命には変えられないそうだ。今は大人しくしてくれているよ」
 言われ、思い出すのがロロとジェレミアだった。
 少なくとも、彼らは。
 ルルーシュの命がベットとして扱われている以上、身動きを取れないだろう。
 居合わせずとも、たった、あれだけの短い戦場で知ったのかと。
 今更ながら、彼の卓越した頭脳に背筋が寒くなる。
「起きなさい。ルルーシュ」
 声音とは正反対に、頬を打つ音は容赦がなかった。
 唐突な痛みに覚醒するも、状況のわからない顔で眼をぱちぱちと動かし。
 一瞬で理解したのか、食い掛からんばかりに彼は義兄へ牙を向いた。
 しかし、それはカノンの優美ながら荒い行いによりあっさりと霧散する。
「これはどう、いう………」
 カノン、シュナイゼル、スザクへ視線をやれば、紫の瞳に絶望と侮蔑と憎悪が均等に交じり合った美しい炎を浮かべた。
 この場にいる者は、誰であろうとルルーシュの敵だ。
「兄上……。まだ私に御用があるとは、驚きですね」
「先日はギアスの力で逃げられてしまったが、今度こそ話す機会が欲しいとも思っていてね」
「ハッ………。皇帝の慈悲に縋り、命乞いをせよというならばまっぴらです」
「そうか。……だが、お前の意見は聞いていない」
 飾り物は黙っていなさい。
 笑顔に、なにも含有物はなかった。
 労わりや、慈しみや、それこそ愛や。そういったものも、呆れも嘲笑も憐憫も。
 なにも含まれていなかった。
「さて、話を戻そう。枢木スザクくん」
 シュナイゼルが目配せをすれば、カノンはルルーシュを押さえ込むまま器用にあるケースを取り出す。
 なにを。
 見て、一度判別するも認識したくなくて振り払った。
 もう一度凝視して、変わらない視覚情報に血の気が下がる。
「リフレイン。過去の楽しかった頃に戻らせてくれる、薬だ」
 意図がはっきりとわかり、ルルーシュが死に物狂いで暴れだす。
 けれど、拘束は解けない。
 わかっているだろうに、必死で逃れようとする様はどこか滑稽なのだろう。
 口元に微笑を灯し、宰相は帝国最高位の騎士を目指す少年に向き直った。
「私からの贈り物は、この子だよ」
「兄上!!」
 非難の声は、低く、恫喝するようであるが。
 そんなもの何処吹く風とばかりの、笑みである。
「この子の頭脳が失われるのは、ブリタニアとしては非常なる損失だが超合衆国日本を相手とする我がブリタニアとすれば好機といえるだろうね」
 言外に、彼の味方を選ぶというならそれはブリタニアを不利にすることを意味すると告げる。
 言葉ひとつで動けなくなるスザクに、シュナイゼルは微笑みかけることをやめた。
「君は非難が出来ない。そうだね? ルルーシュの記憶を奪った、皇帝陛下のギアスとリフレインの何処が違う? 記憶を奪い、人格を否定し、偽りを享受させ、監視し続ける。これからのこの子の人生で、この子が一年受けてきた環境だ」
 もがく黒髪が、シーツの上を乱す。
 激しく暴れんとする彼を、カノンが更にかかる力で押さえつけた。
「止めたいのなら、一言で済むよ?」
 沈黙は了承と取ろう。
 突きつけた、銃口に似たリフレインの先。
 震える唇がなにも、いえなかった。
 ブリタニアの敵になることも、ルルーシュを薬という暴力から守ることも、彼と同じことになる身を拒絶することも。
 何も出来なかった。




***
 この前後の話を考えていたり、します。←
 シュナルルに本格的に目覚めて、私涙目。
 


絶頂天




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