鳴るはずがない電話が鳴ったことに、スザクはのそりと顔を上げた。
手繰り寄せて、けれど画面を覗こうとはしない。 かけてきているのは、ニーナだろうか。 彼女は、フレイヤの威力を嬉々として語りたがっていた。自分が為した成果。 同時に、フレイヤを以ってさえゼロを殺せなかったことを喚いていた。どうして、すぐにフレイヤを使ってゼロを、ユーフェミア様の仇を殺さなかったの。あなたはユーフェミア様の騎士だったんでしょう、スザク。 キンキンと責めてくる声は、スザクの求める断罪の声ではなりえなかった。 少し時間を置いていたが、またかけて来たのだろうか。 うんざり思いながら、手の中で震える携帯を握り締める。 ややあって止まり、幾分ほっとしたところでまた震えた。 彼女がチーフとなって開発した武器が、万ともいえる人間を殺したことを、まだ彼女は自覚していない。 だからこそ、嬉々とした態度でスザクにフレイヤの威力を語りたがるのだろう。付き合わされる身としては、消耗していく。色々なものが。 しかしいい加減、電話をとらなければ次に顔を合わせた時が面倒かと画面も見ずに通話ボタンを押して耳元へ近づけた。 『―――すざく?』 かくて、彼は喜びに胸を振るわせる。 嗚呼、嗚呼、彼の声が聞きたかった。 生きろという呪いをかけた、最愛の妹が死なれた、憎悪に満ちた彼の声が聞きたかった。 スザクの背を、ぞくぞくと駆け上がるのは喜悦に違いない。 『すまない。俺の電話を、また受けるようなことをさせてしまって』 「いいんだ。いいんだよ、ルルーシュ。俺だって、話したかった」 そう、本当なら、今度こそ二人でちゃんと会って、話して、責めて欲しかった。 罵って欲しかった。 自分が彼にそうしたように、今度は自分がそうされたかった。 そうして、その殺意で殺して欲しかった。死ねないのなら、せめて死ぬほどの苦痛を与えて欲しかった。 誰の手でもない、ルルーシュという存在によって。 『もう、お前しか、いなくてさ……』 電話向こうの彼は、ひどく憔悴しているようだ。 当然だ、ナナリーが死んだのだから。 自分のせいで。 そして、彼自身のせいで。 いつ、この弱さが憎悪に転換されて牙をむくのだろう。 歪な笑みが、口元に宿った。無論、遥か距離を置くルルーシュには見えるはずも無い。 「なに……? 僕に、なにがあるの……?」 嗚呼、ほら早く攻め立ててくれ。 激昂して、殺意を向けて、俺の存在を否定してくれ。 いつか君に言った言葉を、俺に向けてくれ。そうでもしなければ、赦せないだろう。 殺したのは、俺なのだから。 嗚呼、はやくはやくはやくはやく………!! 『……ナナリーと、話をさせてくれないか』 ぽつりと零された言葉に、スザクは絶望へ叩き落された。 なにを、言っているのだろう。彼は。 ナナリーは、死んだはずだ。自分が殺したはずだ。 ならば、彼が言うべきはこれではない。自分への憎悪であり、罵倒であるはずだ。 そうでなければならない。それだけのことを、したのだから。 けれどルルーシュはかまわず、弱い声音でぽつりぽつりと、話していく。 『咲世子さんにナナリーを迎えに行くように頼んだんだけどさ、連絡、つかないんだ。スザク、お前なら、ナナリーに連絡出来るだろう?』 直通の電話番号を、知っていたじゃないか。 あの子に電話をつなげてくれないか。 声が聞きたいんだ、話がしたいんだ。 『なぁ、すざく』 憔悴の色が、受話口から鮮やかにこぼれて行く。 少女が死んだという現実を、認識出来ていないのか。 『最後に話せたのは、ほら、お前が来た時だから、もうずっと前だし。また、話したいな、って』 話したい、せめて声だけでも聞きたい。 光の中に消えたなんて、そんなこと、あるはずがない。 だって、ナナリー。 「ルルーシュ、僕だ」 『え……?』 「ナナリーを、政庁の人々を、殺したのは、僕だ」 口にすれば、圧し掛かる罪の重さ。 恍惚さえ感じる。これを背負うのだ、何故なら自分は、罪人だから。 なんて哀れなのだろう、自分は。そうでなければ、アイデンティティを保つことも出来ない卑小さ。 さぁ、罵れ、君の最愛の妹を殺した僕を。 呪いの言葉を今か今かと待つスザクに、落とされたのは穏やかな微笑だった。 『馬鹿だな、スザク。お前がそんなこと、するわけないだろう?』 「………っルルーシュ!!」 『ナナリーが信じていたお前が、俺に手を伸ばそうとしたお前が、ナナリーをそんな、するなんて、あるわけないじゃないか』 仕方ないやつだな。 一年前、学生をしていた時に、課題に詰まってはルルーシュの手をよく借りた。 仕方ないと笑いながら、手伝ってくれた笑みに、よく似ていると声だけで思う。 『なぁ、冗談は置いておくとして。ナナリーと話をさせてくれないか。一言でいい、話がしたいだけなんだ』 頼むよ、すざく。 優しい言の葉には、憔悴の色が濃かった。 きっと、聡明な彼はわかっているに違いない。彼女がこの世界のどこにもいないことだ。 認められない脆弱さは、なんと人間らしいことか。 携帯電話を握り締めて、スザクはどう言葉を返そうかと悩んだ。 死んでいる、もう死んだんだ、俺が殺したんだ、ナナリーは。 君がかけた呪いによって、死んだんだ、ナナリーは。 言いたいけれど、喉に閊えて声が上手く出ない。 はやく現実を認めてくれ、そしてはやく俺を罵って、殺しに来てくれ。 言いたいけれど、喉に閊えて言葉が上手く出てこない。 ここにきてようやく、真実の意味でルルーシュから手放されることに恐怖していることを。 生憎、枢木スザクは未だ気づけてはいなかった。 *** 私はスザクに対して、「自分を貶す言葉を使いながら、それに酔っている人間」という認識が強いです。 公式で行方不明だから、まだ希望はありますがあの状況なら普通死んだと思うでしょうので。 |