皇族殺しと、ゼロの捕縛。
 天秤は、どちらにも傾くことが出来て揺れていた。
 だがそこで、シュナイゼルはスザクの擁護に回った。
 フレイヤを撃たなければ、政庁は落ちていた。
 天王山たるこの争いで敗北することは、つまりこの戦争の黒星を意味してしまう。
 ならば彼の判断は、正しかった。
 多大なる犠牲ではあるだろう。しかし、たかが植民エリアの一部が消滅しただけで、本国の威信は保たれたのだ。
 最小限の被害ではないのか。
 反論者には、たおやかなる笑顔で彼は終始枢木スザクの擁護に回った。
 ナナリーを擁護する者が、名誉ブリタニア人ばかりなこともありほとんど無罪の決着がついた。
 黒の騎士団の捕虜に対しては賓客を迎えるほどの待遇をなし、ナンバーズへの融和政策はとどまることを知らない。
 国是たる差別、区別に異を唱える彼女は、正直貴族からも政務官達からもあまり良い顔がされていなかったことも原因のひとつである。
 主の傍に控えていたカノンは、そっと息を零す。
 これで枢木スザクは、ますます苦悩を深めていくことだろう。
 あれは、罰せられることを求めている人間だ。
 その実自分本位が過ぎるので、自分にしか世界を見ない。
 誰かに許された、という、その一点の事実に固執される姿は醜悪というしかない。
 もう一度、カノンは嘆息を零しかけて飲み下した。
 振り仰いでくる主の笑顔は、彼にその行動を赦してはいなかった。
「カノン。枢木卿はどうしてる?」
「精神の錯乱がひどいので、鎮静剤を投与の後医療用拘束帯をつけて医務室へ。先ほど、意識が戻られたようですが。会議室へ呼びますか?」
 なるほど、と頷くが、それ以上の感想は無いらしい。
 呼びつけるか問いかける侍従の言葉には、首を横にした。
 休ませてやろう、という意図ではなく、単純にこの場においては邪魔だからという態度がわかりやすい。
 もっとも、他の人間にはそんなことを気取られることなど微塵も無いのだろうが。
「フレイヤの威力を、自国の領土で発露させるとは思わなかったが、これで、対ブリタニアを奮起していた他エリアもおとなしくなるだろう。グラストンナイツを失ったことは惜しいが、各地の暴動程度ならばただの軍備で間に合う」
 言葉に、テーブルにつく一同が頷く。
 実際、あの威力を前に刃向かおうとする気力は沸くまい。
 どれだけ拮抗していようと、フレイヤを一発中枢機関に打ち込まれればお仕舞いなのだ。
「これで戦場の女神、コーネリアでも此方へ戻ってくれれば、戦局はますます我が軍にとって有利なものへと運ぶだろう」
 ナイト・オブ・テンが戦死したとはいえ、ガルム隊やヴァルキュリエ隊を一部失っただけだ。
 最大戦力であるフレイヤは在り、ナイト・オブ・ワンやナイト・オブ・トゥエルブ、ナインなどは負傷してすらいない。
 所詮、正規軍とテロリスト。敵うべくもないのは、一年前に起きたブラックリベリオンで証明されている。
「そうとなれば、枢木卿へはなにか褒章を考えなければいけないね」
 皇帝陛下に掛け合おうか。
 言う男は、笑っていた。
 多く流された、どころではない。
 血を流すことさえ出来ずに、一瞬で文字通り消え去った風景を足元に広げながらの発言に、さしものカノンも額を押さえた。
「それにはまず、枢木卿の精神が落ち着かれることが先決ですわね」
「意識ははっきりしているのだろう?」
「罪の意識で、潰れそうなほど。ということですが」
「おやおや」
 不可思議そうに、おかしそうに、シュナイゼルは失笑した。
「ブリタニアの白き死神が、面白いことをいうものだ」
 同じことを、してきただろうに。
 EUで、鎮圧のために、各地で。
 してきただろうに、今更嘆くほど罪の意識を持っていたなんて。
 おかしいね。
 肩を震わせる宰相に対し、周囲の人間は異形でも見つめるかの面持ちだ。
 だが、彼はかまわなかった。
「ナナリー総督閣下とは、ことのほか親しい間柄ということでしたから」
 彼女が亡くなられて、悲しいのもあるのでしょう。
 極力平坦な声がかかれば、シュナイゼルは納得したように頷いてみせた。
「親しいひとが死んだら、悲しい。我が帝国の死神は、優しいことだ」
 もちろん、良いことだよ。誰かに優しいというのはね。
 この世界のひどさ、悲しさに、敏感に反応出来るということなのだから。
 とてもとても良いことだよ。
 そう、言って。
 けれどやはり、彼はどこまでも笑顔だった。
 いっそ、薄ら寒くなるくらい。


***
 笑顔ですが、心底から「愚かだなぁ」と思っているシュナイゼル兄上。
 そんな真意がバッチリわかっちゃうカノンさん。


現実を愛している




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