この場にいる人間は、ブリタニア人が二人、日本人が二人。
 この場にいる人間は、軍人に皇女にメイドに元暗殺者。
 この場にいる人間の、共通点はただひとつ。
「お久しぶりです、ナナリー様」
「咲世子、さん………?」
「迎えにきたんだ、君を」
「どなた、ですか………?」
「ナナリーから離れろ! ロロ、やはり裏切って………! 咲世子さんまで………!」
 この場にいる人間で、冷静な人間が一人、煩わしそうに眉を寄せる者が一人、困惑の表情が一人、憎悪の表情が一人。
「枢木卿。お退きください」
「ふざけるな! ロロ、やはり、裏切っていたんだな………!」
「やはりというからには、疑っていたのでしょう? なにをわざわざ確認するんですか? そうやって自分がかわいそうだと、周りの人に主張したいんですか?」
 あーかわいそうなひとですね、ごしゅうしょうさま。
 棒読みで言われ、スザクの顔に朱が走る。
 けれど少年は、気にせずにナナリーに顔を向けた。その表情に笑みはなく、ただ義務感だけがある。
「兄さんが、待ってます」
「おにい、さん………?」
「ルルーシュ様のことですよ、ナナリー様」
 穏やかな声音に、はっとした表情を彼女は浮かべた。
 少女の瞳には、牽制しあう騎士とメイドというシュールな様が映ることはなかった。
「お兄様………! お兄様は、ご無事なんですか、お怪我はされていませんか、ご病気を患われたりなどは」
「していません。元気ですよ。身体的には」
「………っ、どこか、どこか悪いんですか。お兄様に、何が………!」
「信じて信頼していた友人に二度も売られて、傷ついています。心が」
「ロロ!!」
「なんですか、枢木卿」
 咲世子に阻まれ続けていたスザクが、遮ろうと語を発する。
 けれど、冷静な瞳は揺らがなかった。
「貴方は兄さんの信頼を、裏切った。嗚呼でも、感謝はしています。貴方のお陰で、僕は兄さんに出会うことが出来た」
 後半の言葉が、ほんの少し和らぐ。
 引き戻された顔に宿っていたのは、微笑みだった。
「行こう、ナナリー。兄さんが待ってる」
「………、私、は」
「ナナリー様。ルルーシュ様は、ナナリー様を思いエリア11から多くの反乱分子を一掃しました。ナナリー様は、エリア11の総督。このエリア全ての責任者であることは、存じております」
 ですが、だからこそ。
 踏み込んでこようとするスザクへ向かい、咲世子は指の間に挟んだ苦無を投擲する。
 無論、全て避けられる。
 だが当たりかけたそれをはじいた瞬間、彼女は既に間合いを詰めていた。
 顎下に膝蹴りが入る。堪らず、スザクが宙を舞った。
「ルルーシュ様とナナリー様が手を取ることで、この戦争はいち早い終結が望めるはずです」
「でも、私は……。シュナイゼルお兄様でないと、軍の全権は………」
「ナナリー、君はプライドが無いの」
 冷徹な声に、少女の背が震える。
 ローマイヤーのヒステリックな高圧さは無いが、その分感情の殺がれた苛立ちは彼女の心を重く圧した。
「ロロ様」
「うるさいな、咲世子」
 嗜めるような声音であったが、少年は気にしない。
 ぷい、と明後日のほうを向いてしまった。
 その様子に、メイドは嘆息を禁じえない。
「ルルーシュ様は、スーさんであればナナリー様をお守りしてくださると信じておりました。しかしその信頼は、裏切られた」
「違う! あれは!!」
「事実、そのことによりシュナイゼル宰相に知られてしまいましたわ」
 ルルーシュ様の生存を。
 ゼロの正体を。
 否定を唱えようとしたものの、切り替えされては押し黙るしか出来ない。
 二人きりで会おうと言ったのは、自分。
 疑われ、後を付けられていたことに気付かなかったのは自分。
 周辺の注意を怠ったのは、自分。
「エリア11の総督の本意、教えて。兄さんのもとへは帰れない? 君は、もう兄さんの妹じゃないの?」
 だったら、生かしておく意味は無い。
 本当なら邪魔だもの。兄さんと僕の間を、邪魔する最大の存在。
 平坦な声に、もう一度咲世子からの注意がかかった。否、これは警告だ。
 自分達の任務は、カレンの奪還といつ殺されるともしれなくなったナナリーの救出であって彼女の排除ではない。
「でも、兄さんのためにならないならいらないよ」
「お兄様は、私のお兄様です!!」
 耐え切れなくなってか、叫ぶ少女にやはり少年は冷然とした表情を向ける。
「それが本音? 兄さんにとっては喜ぶべきだけど、エリア11にいるイレブンや名誉ブリタニア人には可哀相だね」
 エリア11総督ではなく、ただルルーシュの妹を選んだ少女。
 嘆息を落とされれば、きゅう。と、ナナリーはスカートを握り締めた。
「でも、それが君の本音なら連れていくよ。兄さんのもとへ」
「………あなたは、あなたは、誰なのですか」
 どうしてお兄様を、兄と仰るのですか。
 お兄様は、どちらにいらっしゃるのですか。
 私はなにか酷い見落としを、してはいませんか。
 震える声で問い掛けられて、やはりロロは平然と答える。
「僕は、ルルーシュ兄さんの弟だよ、ナナリー。兄さんは今、トウキョウ租界にいる。直ぐに会えるさ、イカルガでね」
 イカルガ、黒の騎士団の、潜水艇。
「ナナリー様のご意思を確認出来た今、長居は無用と存じます」
 組み合っていた腕を乱暴に抜いて、咲世子は苦無を構え直す。
「連れて行かせると思っているんですか、自分が」
「無理にでも、押し通ります」
「出来るとおも」
 唐突に止まるスザクの声音に、ナナリーは混乱する。
 けれど、すぐに女性の腕と気配を感じ顔を上げた。
「咲世子さん………」
「乱暴にお連れすることを、お許し下さいませ。ナナリー様」
 声を近くに感じて、彼女に抱き上げられていることを知る。
 嘘を感じる温度がないことに、彼女は愕然とした。
 こんなにも、自分にただあるべき事実や嘘のない言葉を投げてくれる人間に飢えていたのか。
「咲世子!」
 ぎしぎしと歩いていたロロが、入り口近くで声をあげる。
 彼の表情はかなり悪く、少女にも明らかな異変が感じ取れていた。
「では、失礼いたします。スーさん。あなたの選択は、名誉ブリタニア人のものです。日本人の選択では、ありません」
 扉の向こう側にメイドと少女が来たことで、ロロがギアスを解いた。
 弾かれたように振り替える頃には、メイドは既に丁寧に頭を下げている。
「どうぞ、あなたの国をお守りください。我々日本人は、日本人の誇りと国を守るために戦います」
 言外に、スザクを日本人と認めない言葉を吐いて。
 メイドはにっこりと笑った。
 駆け寄る前に、扉は閉まる。絶対の隔絶は、本来総督を避難させるための脱出ポッドに繋がっている。
 ガン! と、荒く扉を叩いた。
 取り残された電動車椅子が、その場にぽつねんと残されている。



***
 ナナリーは、エリア11総督をとるのか。それとも「ナナリー」を取るのか。
 後者は、ルルには良いが政治家としては最低だと思いますがね。


救出劇、乱戦模様




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