やさしく、彼は誘うように笑って。
 伸ばした手を、とろうと動きかける。
 穏やかな表情に、相貌が崩れかけるのをスザクは自覚した。
 手を伸ばしてくれた、枢木神社。
 カノンとシュナイゼルの存在により、離れてしまった手だけれど。
 また、伸ばしてくれた。
 今度こそ、今度こそという想いをもって、スザクはその手をとりかけた。
「今まで、悪かった」
 のろいをとこう。
 ギアスという、呪いを。
 微笑んでいた彼は、とても悲しそうでありながら。
 疲れた様子はなく、学園でそうしていたように、薄い笑みを浮かべていた。
 余裕は無い、だが、疲労も無い。
 すべては凪いだ、海のように。
「ルルー………、シュ……?」
「わかっていたんだ。お前があんなことを、望まないって」
 保身のために、お前を利用した。
 生き残りたいという俺の意思で、お前の信念を歪ませた。
「謝っても許されないなんて、わかってる。だがそれでも、お前に俺は何度だって謝らなきゃならない」
 ごめんな、スザク。俺のために、利用して。
 クロヴィス暗殺の冤罪から、お前を助け出したのは自分のため。
 式根島でお前を助けようとギアスをかけたのも、自分のため。
 全部全部、自分のため。
「嫌だよな。普通、思わないよな。自分を利用し続けたやつを、友達だなんて」
 大事な主君を殺したのは俺。
 大事な故郷を戦場にしたのは俺。
 過去には戻れない、やったことは覆せない。
「罰は受けるべきなのに、な」
 言って、笑う彼の衣装はゼロだ。
 ルルーシュではない。
 けれど、仮面をしていない、ゼロという記号から抜け出た彼は何者であるのかわからなくなった。
「お前に、自由を返そう」
 ジェレミア。呼べば、ルルーシュの背後に長身がついた。
 純血派のリーダーだった男に、嫌というほど覚えがある彼は目を丸くする。
「あなたは……」
「久しぶりだな、枢木スザク」
 憮然としながらも、礼儀を弁えるのは彼の性格ゆえだろう。
 繋がりのある二人に驚いて、視線をうろうろと彷徨わせた。
「枢木スザク」
「あ、はい!」
「……貴公は既に、ナイト・オブ・ラウンズ。宰相閣下とはいえ、罰する立場を持たぬ帝国最上位の騎士である。ならば、私如きにそのような態度と言葉遣いは改めたまえ。君が軽んじられるということは、皇帝陛下の、ひいては我がブリタニアの軽視に繋がるぞ」 「
す、すみません……」
「容易に謝るのではない。既に私の爵位は剥奪されている。一般人と変わらぬ私に、貴公がそのように謝る必要は無い」
 言下に言い切られ、スザクは慌てた。
 対外的な立場は彼の言うとおりだが、実際は皇帝の狗として、また、ナンバーズの成り上がり者として蔑視されることの多い彼にはなんとも難しいことを要求されている気分だ。
 だが、そこを踏み込んで懇切丁寧に教えてやるほどジェレミアは生ぬるくはないらしい。
 精進しろ、の一言で話題を切り替えた。
「騎士として、ブリタニア軍の純血派筆頭として、君には謝罪せねばと思っていた」
「え……」
「真相は、ゼロでありルルーシュ様であった。だが私は、結果的に君に罪を擦り付けて殺そうとした。謝らねばならぬことだ」
「いえ、それは、そんな……!」
「すまなかった」
 律儀に頭を下げる相手へ、今度こそ本気でスザクは狼狽した。
 ナイト・オブ・ラウンズとはいえナンバーズに、こうまで素直に頭を下げる辺境伯など。
 慌てていれば、失笑しながらルルーシュが声をかける。
「スザク、ジェレミアはずっと謝りたかったんだ。許してやってもらえないか?」
「え、そんな! そんなの当然で!!」
「ほら、そう言っているぞ? ジェレミア」
「貴公の寛大な心に、感謝しよう。枢木卿」
 顔を上げた男の顔は、すっきりと晴れていた。
「じゃあ、俺の本題をしてもらってかまわないな?」
「イエス・ユア・マジェスティ」
 短くうなずき、ジェレミアが真っ直ぐにスザクを見つめる。
 顔を覆う仮面のような機器が、開いた。
「ルルーシュ、なにを……!」
「安心しろ。言っただろう?」
 お前に自由を返す、と。
 お前の呪いを解くのだ、と。
「それだけだよ」
 声とともに、光。
 組み立てられたものが、逆再生のようにあるべきところにあったように整頓されていく。
 時間にして一刹那にも満たぬ中で、けれどスザクはそれを理解した。
「ルルー、シュ………。俺は………」
「ジェレミアの能力は、ギアスのキャンセル。お前にかけた、生きろという醜い呪いは解かれた」
 風が、ふわりとルルーシュの黒髪を撫でて少し浮かせる。
 それよりもなお優しく、彼は微笑み続けていた。
「悪かった、スザク。俺の身勝手に、振り回して」
 お前はもう、自由だ。
 自由に生きてくれ。
 言って、ジェレミアを促せば彼もまた短くあごを引き素っ気無い別れの言葉を済ませ主に従いスザクの前から立ち去ろうとする。
「ルルーシュ!」
「……許してくれとは、言わない。許されるとも、思っていない。けれど、俺の出来るものはこれですべてだ」
 今まで悪かった、スザク。
 醜悪な願いで、お前を縛って、悪かった。
 言うと、これ以上は無いと歩き出す。
 動こうとして、けれど動けない。
 何故なら、彼を止めるだけの理由がもう無いから。
 見たくない現実が、目の前で笑っている。
 あれだけ死にたかった自分。
 死なせてくれないのは、ルルーシュがかけたギアスのせいだと呪っていた。
 けれどそれは、解けてしまった。
 生きている言い訳が、見つからない。
 生きていて良いだけの言葉が、自分の中に見つからない。
 嗚呼そうだ、ユフィ、ユーフェミア、彼女の敵を、とらないと。
 ―――ゼロを、ルルーシュを殺すことを、ユフィは赦してくれるだろうか。
 嗚呼そうだ、エリア11を解放するんだ、自分の手で。中から変えていくんだ。
 ―――超合衆国連合の手により、戦場になるエリア11。今変えても、結局手に入るのは荒廃した大地だけではないだろうか。
 口の中が、カラカラだ。
 あれだけルルーシュを否定したお前が。
 あれだけ死にたがっていたお前が。
 どうして生きているのと、幼い自分がナイフを手に射抜いてくる。


***
 生きろギアスを解いても、自殺なんて赦さないぞスザク。
 せめて、ワンになるまで足掻けと思う。そこに付随する屍と怨嗟は当然背負う(受け入れるなんて図々しいことは言わせん。)覚悟はあったのだろうし。


最後のギフト




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