蜃気楼の中、ふと、ルルーシュの指先が眦に触れた。
 涙は流れていない。
 湿った感触は、すでにギルフォードによって運ばれた際に乾いてしまっていた。
 残滓も残らない。
 くすくすと、耐え切れずにルルーシュは肩を震わせる。
 なんて、愚か。何度、裏切られれば、何度、失敗すれば、何度、手放されれば、自分は気が済むのだろう。
 自分の誓いを、忘れられていたことは裏切りではないと。
 自分たちのおかえり、の言葉に一度もただいま、と返されなかったことは裏切りではないと。
 助けた自分の手をとられないことは、裏切りではないと。
 ユーフェミアの騎士になったことは、裏切りではないと。
 技術部と偽りランスロットのデヴァイサーであったことは、裏切りではないと。
 皇帝へ売られたことだって、裏切りではないと。
 いくつも、いくつも、いくつも、いくつも、思ってきた。
 一度目が駄目なら、二度目を。二度目が駄目なら、三度目を、三度目が駄目なら、四度目が駄目なら。
 そうやって、ナナリーとも引き離されたくせに。
 自分はいったい、何度スザクに夢を見れば良いのだろう。
 くすくすと、笑いがこぼれた。
 いつの日か、手を取り合える日が来るなんて。
 信じていた自分が、馬鹿らしい。
 既に帳の下りた夜。
 作戦決行のために、浮かび上がる蜃気楼のコクピット内はラクシャータの改造趣味も相俟って収納スペースなどもある。
 その中が、震えていた。
 うんざりしながら、制服に仕舞われた携帯電話を取り出す。
 案の定、発信履歴の一番上であり、受信履歴に長い列を為していた。
 手にしている間に、また震える。
 音声を最大にすれば、留守録に切り替わった。
『何度もごめん。僕だよ、スザクだ。また、ちゃんと話がしたい。………今回のこと、シュナイゼル殿下は皇帝陛下へは安易なことはおっしゃらないと、約束してくださったから。安心して欲しい。また、電話する』
「それで、また俺を売るのか?」
『ルルーシュ? しつこいって、わかってる。でも、ちゃんと、謝りたいんだ。ナナリーのことは、任せて』
「俺を二度まで売った男が、本当にナナリーを守るという約束を守るのか? 信用すると?」
『ごめん。つながらないって、わかってはいるんだけど。………馬鹿みたいだ、俺。ルルーシュ、一緒に、俺と、一緒に』
「お前となにが出来る? お前に利用されるだけだろう、所詮俺は、お前の出世のための道具でしかなかったんだ」
『ルルーシュ。この呪いが、僕を生かし続ける限り僕と君は戦場で会うことになるだろう。でも僕はもう、ナナリーに嘘をつきたくない。……手を取ろうとしてくれたのが、君の意思だと。僕は信じてる』
「手放すのも手を払うのも、いつもお前だけどな」
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
『ルルーシュ』
 ピ。
 伝言ヲ、消去シマシタ。
 軽やかに指で操っていれば、また携帯電話が震えた。
 無感動な視線で、手の中を見つめていればガイダンスが流れ、留守番サービスに切り替わる。
『ルルーシュ。もう一度、もう一度だけ、戦場で会う前に、もう一度だけ、ゼロではない君と、ルルーシュ、君自身の言葉が聞きたい。本当に、君がかけたこのギアスは、俺に生きろと言ってくれたこの言葉は、君の保身ゆえの言葉なのか。ユフィにギアスをかけたのは、君自身の意思なのか。君の言葉で、真実を』
 ピピピ。
 躊躇いながらの言葉は、必要以上に時間を経過させていて。
 最後までつむがせることなく、言葉は電波の向こうで消えていった。
「はっ………ははっ………」
 結局、何一つ届いてはいなかったというだけだ。
 嘆く必要はない、泣く必要もない。
 ナナリーを確実に守ってくれる存在がいないなら、また自分が守るだけだ。
 今までだって、そうだった。
 ずっとそうしてきた。
 母が殺されてから、九年間。ずっと。
 すべてが戻るだけだ。ナナリーと自分、二人きりの世界だったあの頃に。
「呪いか……」
 結局なにひとつ、届いていなかった。
 届いていたという、幻想さえも打ち砕かれた。
 今ではもう、幼い頃ガラスを見つめながら思い出を語ったあの子供がスザクだったのかすらわからない。
「スザク……俺は、お前に生きて貰いたかっただけだ。ユフィを、死なせたくなんてなかった。シャーリーが死ぬ必要なんて、どこにもなかった」
 聞く者は誰もいない。
 V.V.は死に、C.C.の記憶は失せてただの少女も同然。
 となれば、彼が嘆いていたことを知る者は誰もいない。
 誰もいない、孤独の道。
「わかっていたことじゃないか。なぁ? 最初から俺は、世界の外側にしか存在出来ていなかった、なんて」
 そんなこと。
 すべてを否定された日に、わかっていたことじゃないか。
 俺という存在は、生きていなかった。
 俺という存在は、嘘に塗れすぎて存在すらもわからなくなっていた。
 再認識させられただけじゃないか。
 わかっていたこと、なんだから。
「今更、涙なんて………」
 震える声のまま、顔を歪める。
 誰もいない、孤独の空間で。
 嘆いても涙を流せない王が、乾いた笑いを上げ続けていた。



***
 どの面下げて電話。とか、思っても言わないでください、私の捏造だから!!
 お前なにしたいのかわからんよ。と、シュナ様が視聴者代弁して突きつけてくれました。ありがとうございます!!
 毎度タイトルに意味はありません。エロがなくてサーセンorz


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