拘束を解かれたばかりの手首が、自身の腕を吊るす肩に触れる。
 痺れたかと思ったが、拘束の仕方は流石ジェレミア。手馴れたもので、こちらにダメージなぞ欠片も残さない方法だった。
 うむ。と、なににか彼女は頤を引いて戻す。
 寛容な態度に、小首を傾ぐジェレミアとルルーシュであったが、気にしないことにした。
 それよりも、なにか飲み物はないかと彼女が所望してきたためだ。
「生憎、俺の夜食と紅茶程度しかありませんよ?」
「かまわん。いい加減、簡易の野戦食は食べ飽きた」
「ひどく不健康なダイエット、と思うことにしてください」
「失礼な義弟だな、ルルーシュ。この私が、ダイエットが必要なほど自己管理を怠っているとでも言うつもりか?」
「まさか」
 自己管理以前に、あなたのスタイルは完璧ですよ。
 微笑ながら言う少年に、当然だろうとコーネリアは首を縦にした。
 ギネヴィアのように、飾り立てる時間を浪費するのではなく、彼女は鍛えた上で手にしたプロポーションである。
 崩れないそれは、常に自己研鑽を怠らぬ証拠と言っても過言ではないだろう。
「なぁ、ルルーシュ」
「はい」
「お前、枢木スザクには言わないつもりか?」
「………どれを、ですか?」
 ティー・ソーサーと、カップの底が、ほんの僅かに音を立てた。
 密閉された、質素な部屋にしては浮いたティー・セットは、けれど扱う二人の気品のせいか違和感を与えない。
 世界こそが書割じみている、とでも、言わんばかりである。
「ブリタニアの医療技術は、一級品だ」
「よく存じています」
「銃弾一発、仮に食らったところで我が帝国の技術力を集めればそんなもの無かったことに出来る」
 銃撃の斉射を受ければわからないだろうがな。
 言って、赤紫の髪をそっと耳にかける。所作のひとつひとつが、洗練されている。
「俺の知っている人間に、いましたよ。銃撃の一斉射撃を受けても、なんとか生き残ってやってきた奴が」
「しぶといな。是非我が軍に欲しい。お前のところの赤い奴に、攻撃されても生き残りそうだ」
「生憎、米神に一発撃ち込まれて愛しい母親兼恋人の胸の中で死にました」
 あっさり口にすれば、残念と嘯かれた。
 口紅が、鮮やかにティーカップを汚している。
 指先でそっと拭い去れば、なにもなかったようにはならぬものの綺麗になった。
「お前は、殺すつもりだったろう? ユフィを」
「はい」
「それしか方法は、なかったか」
「少なくとも、俺は知りませんでした。……ジェレミアのような、キャンセラー能力者がいると知っていれば、無理でもなんでも、連れて行ったでしょうがね」
「……申し訳ありません」
 傍で控えていたジェレミアが重く頭を垂らせば、皇族二人は揃って首を横にした。
 無いもの強請りをするほど、彼らは子供ではない。
 第一、ルルーシュはジェレミアの能力が偶発的なものによるものだと既に知っている。
 研究経緯を調べていたコーネリアも、ある程度事情に通じていることだろう。ここに、彼が現場に居合わせなかったことを責める愚か者はいない。
 残念に思う心を、持っていたとしても。
「枢木スザクには、言わないつもりか?」
 再びの問いに、やはり所作は変わらずルルーシュは頷いた。
 微苦笑のような表情は、ほんの少し切なそうだ。
「ユフィの行動は、エリア昇格という甘い餌をブリタニアが与えることで統治を可能としていた各エリアに波紋を生んだ。兄上は良いタイミングだったというが、内外の反発は恐ろしく激しいものだった」
「そうでしょうね。なにせ、ゼロを赦すとまで言ってしまっている」
 テロリストを、皇位を投げ打ってでも庇おうとした皇女。
 ブリタニアの国是を、内側から否定されればどうなるか。
 わからなかったわけでもあるまいに、突き進もうとした妹を責めていいのか庇っていいのか。
 実際、コーネリアの中では曖昧である。
 ただ、殺されてしまった原因を、あの虐殺の原因を、調べたくて、彼女の汚名を少しでも雪ぎたくて、してきた行為に後悔は無いが。
「ナナリーは、大丈夫なのか?」
「日本人に厳しい政策も、いくつか採られているのでトントン。というところですかね。まぁ、ナナリーではなく推し進めているのはローマイヤ女史とのことですが」
「あまり越権行為が過ぎるようならば、考える必要があるな」
「やめておきましょう。ナナリーが進める政策、改革案は、あまりにもナンバーズに対して緩やかすぎる。ガス抜きは適度に必要ですよ」
 自身を省みて政治など行っては、ならないかもしれない。
 けれど、ここでナナリーが潰されれば衛星エリアに昇格されても最低限の保障しか得られなくなる。
 ここからイレブンが力をつけるために、力を蓄えていくには、ナナリーのような存在が必要なのだ。
 コーネリアとユーフェミアでは、最終的にユーフェミアの意見を大々的に取り入れてしまうコーネリアのせいで大きく動くことは出来なかった。
 今は違う。
 ナナリーの緩和政策を快く思っていないローマイヤのおかげで、適度にバランスがとれた政治がなんとか取られつつある。
「まぁ、そのバランスを俺が壊してしまうのですけれどね」
「与えられた領地で満足されるような集団では、我が軍に幾度となく土をつけてくれた騎士団とは認められん」
 言葉に、手厳しいと彼は笑い。
 彼女もまた、義弟のそんな態度を鼻で笑い飛ばした。
「枢木スザクになにも言わず、お前はどうするつもりだ?」
「姉上。俺がユフィを殺したことに、変わりはありませんよ」
「結果的に、止めをさしたのが我が国自体であると、してもか」
「スザクは過程を重要視します。ならば、言う意味はありません」
 被りを振る彼に、そうか。とだけ、コーネリアは呟いた。
 虐殺皇女を、生かしておく理由はブリタニアには無い。
 なにしろ、あの一件でおとなしかったEU諸国と国連は改めて世論として大々的にブリタニアを非難しだし、圧力をかけていた中華連邦はその尻馬にのって手のひらを返すようにブリタニアに強硬な姿勢を出し始めた。
 シュナイゼルの手腕によって状態はすぐに戻ったとはいえ、そのためにいくつかの抗争が勃発し、長引いたのは事実だ。
 ブリタニアにとっては、さぞ都合が良かったことだろう。
 自分たちの手を汚さず、テロリストが血を浴びてくれたのだ。
 これによって、亡き皇女の仇討ちという大義名分も生まれてくれた。
 言うこと無し、だったに違いない。
「なぁ、ルルーシュ」
「はい?」
「お茶のおかわりを」
「次は、どの紅茶にいたしますか。姉上」
 ほわりと微笑んで、ホストが席を立つ。
 ちらと青紫の瞳をやれば、ジェレミアが静かに被りを振った。
「嗚呼。そうだ、姉上。ひとつお願いが」
「うん?」
「いつか、ジェレミアとスザクを会わせてあげることは出来ませんか?」
「ルルーシュ様?!」
「また、どうして。と、聞いても?」
「謝るつもりだったらしいので。馬鹿正直ですよね」
 くすりと笑いながら、ルルーシュは優雅にお湯の温度を測っている。
 狼狽する騎士を一瞥して、不器用に彼女は肩を竦めた。
 こんなに甘い人間であることも、秘密なのか。
 香り立つ紅茶を、楽しみにしながら彼女はクッキーへはじめて手を伸ばした。



***
 なんでマオがアレで生きてて、ユフィが死んだのか。実は、ブリタニアのぐちゃぐちゃが絡んでたりしないかなぁ、とか。
 ・・・ランスロットで凄まじい勢いで高高度飛翔されて、傷口開くどころの騒ぎじゃないんじゃあとかは思いませんよ、えぇ思いませんとも。


Under the Rose




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