右ストレート、アッパー、踏み込んでもう一打。 たたらを踏んで後退しかける相手の胸倉を引っつかんで、頭突きを一発。 上体の反れる相手の肩を両手で固定し、ドレスであろうと関係なく鳩尾に膝を容赦なく叩き込む。 膝に肋骨の感触がごりり、と当たった。 畜生、いい筋肉をしている。膝に鈍痛が走った。 鳩尾を押さえ、膝を崩したスザクの背中へ、体重を乗せた肘打ちが炸裂。 肺腑から酸素の塊を吐き出し咽る男の頭上へ容赦なく、平たい靴底がめり込んだ。 床と仲良くする男が息も絶え絶えだが、これだけの連続コンボを決めたカレンの息も上がっている。 「あ、あっづ………っ」 ぜぇぜぇ肩で息をしながら、顎にしたたる汗を手の甲で拭った。 うっすらとかく汗は、米神から頬、顎へと滑るだけでなく、彼女の豊満な胸も上気させていた。 「……カレン」 「なに」 「痛い、かな。流石に」 「ったりまえでしょ」 むしろこれだけ叩き込んで、痛くないなどと言われたらそちらのほうが冗談じゃない。 カレンとしては、むしろ昏倒させるつもりで殴り倒したのだ。 それがこの程度のダメージしか与えられないとなれば、既に面白くない事態。 内心の悪感情のまま、ぎし、と足に体重をかければ、ギブアップとばかりにぱんぱん。と床を叩かれる。 「反省した?」 「した、流石に。これだけやられたら、するよ」 「あっそ」 短く頷くが、足を退けてやる気配はない。 「………カレン」 「だから何?」 「あの、痛い、かな、って」 「だから?」 「その、退けてくれると……」 「だ、か、ら?」 一句一句区切る声音に、底知れぬ怒りを感じてスザクは口を閉ざした。 彼のよく知る少女は、大変わかり辛く怒り狂う。 上流階級というより、ほぼトップに君臨すべく育てられたその少女は笑顔で死ねばいいのに。くらい平気で言う代わりに直接的な手段には基本的に出てこない。 どれだけ怒り狂っていようと、そこで必ず理性による閂がかけられるよう育てられている。 そういった意味で、カレンは感情に一直線と言っても良いだろう。 「………謝っても、赦す気ないんだよね」 「当たり前じゃない。謝って済む問題じゃないでしょう、薬物なんて」 アンタ駄目、絶対。知らないなんて言わせないわよ。 言われて、スザクは黙り込む。 薬物なんて、唾棄すべき存在だ。コーネリアだけではなく、黒の騎士団も撲滅に勤しんでいるほど最低の代物なのだ。 そんなものを、仮にも友人としていた友達に使おうとするなんて。 口を噤む男に対し、けれど赤い少女はなにも言わない。 言わずにただ、延々と踏みつけているだけだ。 「………ありがとう」 「はァ?」 「僕を、踏みとどまらせてくれて」 謝罪は受け入れて貰えないだろうから、せめて礼を。 言って、顔をあげかけた少年の鼻が床に減り込んだようなひしゃげた音を立てたのは気のせいだ。 気のせいということにしておこうと、カレンは自分に言い聞かせた。 「アンタ、結果より過程が大事って言ってたわよね」 「……それは………」 「なのに、踏みとどまった結果のみを重要視する気? 一貫性、ってモンはないの? 枢木スザク、アンタ自身の主張に」 その主義のために、その主張のために、踏み躙ってきたものを、なかったことにするつもり? 頭上へふりかける声は、冷たく鋭い。 「カレン……」 「なによ」 「わかってたけど、君って本当に僕のこと、嫌いだよね……」 嫌われる要因しかないことは、わかっているけれど。 それにしたって、嫌われているにも程がある。 力なく呟かれれば、ようやっと頭にかかっていた重みが退けられる。 よろけながら身体を起こした少年を前に、満面の笑みをした美少女。 猫をかぶっている時の彼女と知っているし、スザク自身かなりハイレベルな美少年や美少女が知り合いにごまんといるためよろめくことはないが、女性が少なく飢えている軍の人間がみたら平伏したくなるような完璧な微笑である。 ここで、襲いかかろうなどと思わせないくらいお嬢様然としているのがポイントだろう。 「ねぇ、スザク?」 「あ……、えっと、……なに?」 まずいと思いつつ、問い返してしまった。 赤い笑みが深まる。 「その日和った性格、どうにかしてからアタシの前に顔出しな!!」 同年代の少女とは思えない渾身の拳が、勢い良く右ストレートを叩き込む。 受身を取らせる暇もないほどのスピードで、再度スザクは床へと懐いた。 Winner.紅月カレン。と、どこかで誰かがゴングを鳴らす。 「ちょっとー、誰か。監視のひとー、ナナリーちゃーん。スザクが自分のマント踏んづけてすっ転んじゃったの。誰か助けてあげてー」 ぼす。と椅子に座り、明後日の方向へ声をかけるカレンの声音は、それはそれは平坦だった。 *** いやぁ、ナイスファイトだった。カレン。 ところでルキアーノは噛ませ犬でおkですかね? |