紅茶を飲んでいた主が、不意に鋭い声をあげたのを聞きつけて、ロイドは書類の束から顔を上げた。 ランスロットのデータを無造作に放り出し、声のもとへと足早に近づいていく。 生まれてこの方、ロイドがランスロット以上に優先させる事項などたったひとつしかない。 その唯一は、眉を寄せて難しい顔のまま手を口元に当てていた。 「いかがなさいましたぁ? 我が君」 へにょん。小首を傾ぐ相手に、苦々しい表情をしながらぺろりと舌先を突き出す姿は艶やかな猫のようだ。 とびきり血筋の良い猫、と例えられそうなものだが、例えを用いるまでもなく、彼の血筋は特級である。 「ひたをやけろした」 呂律が回っていない。 本人も、耳にして自覚を深めたのだろう。 猛烈に不本意。といわんばかりの表情だ。 「駄目じゃないですか。熱いものは得意でらっしゃらないんだから」 ここであえて、苦手、とか、駄目、とか、そんな言葉を使わないのは騎士の騎士たる気遣い故か。 言えども、むすりとした顔に変化はない。 「口の中ですからねー。下手に治療するより、ほっといたほうが良いんですよ?」 「しってる。それくらい」 しかし、痛い。 ひりひりする。無造作にぼやく姿が、あまりにも幼い態度である。 「C.C.がいなくて良かったですねぇ。カッコ悪いところ見られたら、我が君は気にされるでしょ?」 「うるさいぞ。ろいど」 かの魔女がいれば、確かに呆れ一割大爆笑九割といったところだろう。 まったくの偶然だが、中華連邦へ仕事を頼んでいて助かったと胸を撫で下ろした。 あの女が、熱々のチーズが乗ったピザを何故なんの苦もなく食べられるのか。 猫舌のルルーシュには、不思議で仕方がない。 嘆息をつきかけたルルーシュの顔が上がる。すぐ近くには、なにやら思案の色を浮かべる己が騎士。 「んー」 「………なんら?」 「僕の名前、もう一度呼んでみてくださいません?」 「……なぜだ」 「まぁまぁいいから」 さぁほらはやく。 笑顔で促され、不信感を胸に浮かべながらも口を開いてやる。 「らから、なんら。りょいど」 言ってから、後悔した。 後悔のどん底へ自ら飛び込んだルルーシュとは反対に、ロイドは顔を輝かせている。 「あっはぁ! 舌が回ってらっしゃらない我が君も、大変かわいらしいと思いまぁっす!」 「うりゅさいっ!」 「る、が発音し辛いんでしょうかねぇ」 「しるか!」 「あ、今度は普通」 面白がられていることに、歯噛みする。 けれど騎士はにこにこ笑ったままだ。 「ねーぇ、我が君。火傷の特効薬ってご存知ですか?」 「……おまえのくちぐるまには、もうのらない」 「おや残念」 これは結構真面目なのに。 言われれば、ぐらつくのは心を開いた相手にはとことん甘い彼らしさ。というべきか。 「……い、いうだけなら、いってみろ」 別に俺は知りたくないんだからな! といわんばかりの態度に、どこのツンデレのテンプレートだろうとロイドは内心疑問符を浮かべる。 表には出さず、にっこりしたまま両腕を大きく広げた。 抱きついてきた相手を抱きしめる準備は、万端である。 「キスをしたら、治っちゃいますよぉ! 僕の我が君への愛は、なんだって出来ちゃうんですから!!」 満面の笑顔の相手とは対照的に、南米氷原も裸足で逃げ出すような寒々しい笑顔をルルーシュは浮かべた。 なまじ美しい分、満点などとお世辞にも言えないほどの迫力がある。 彼は、自身の腕力の無さをよくよく理解していた。 そのため、きわめて単純な手に乗り出した。 即ち、未だ細く湯気を立てているポットへ手を伸ばすということだ。 「ろいど」 「はい?」 「その茹った脳内、俺が煮沸消毒してくれる!!」 夜陰に悲鳴はあがらなかったが、別室で仲良く折り紙をしていたナナリーと咲世子が微笑みを交わす。 「そろそろ、制裁が必要でしょうか。ナナリー様」 「えぇ。折角の機会ですし、是非スザクさんと一緒にこの際一度きっちり調教して差し上げましょうね」 朗らかな笑みの内容は、物騒この上なかった。 *** 舌を火傷したのでネタに転化してみました。 R2総無視でえらいサーセンorz |