じん。 と、頬に熱が生まれる。 カレンに殴られた頬が、また熱をもった気がした。 もっとも、彼女の時と違い今回は平手である。 それが温情なのか、それとも同情なのか。スザクにはわからない。 コーネリアの帰還は、少なくともエリア11総督府において歓迎された。 ナナリーも行方知れずだった義姉の存在に安堵していたし、ギルフォードなどは言うに及ばない。 シュナイゼル指示のもと、とされるラウンズの面々も、多くは歓迎の意を示した。 彼女が使っていた執務室は今はナナリーのものであり、彼女の部屋ではない。 わかっているからか、客間を先んじて用意させたのは流石の一言だろう。 無骨な軍人であると同時に、麗人としての振る舞いを忘れないのだから。 「ゼロの正体を、お前は知っているな」 「………はい」 部屋には、ギルフォードと呼びつけられたスザクしかいない。 まず彼女が室内に入って第一にしたことは、盗聴器の類を探すところからだったのは、笑うに笑えないことだろう。 一歩間違わずとも、立派な皇族侮辱罪である。 けれどそれには何も言わず、爪の先ほどもない機器を無言で握りつぶすと憔悴の色を交えながらコーネリアは言った。 認めた次の瞬間が、平手打ちである。 「何故殴られたかはわかっているな」 「………自分が、彼を売り、ナイト・オブ・セブンの地位を得たからでしょうか」 「それもある」 「―――他にも、なにか………?」 疲れた様子でどこか嘲るような色を浮かべるスザクに、コーネリアは嘆息をついた。 それしか出来ぬと言わんばかりの表情の相手に、どこか不快を浮かべるスザクであったが口は開かない。 「………私は、ユフィの死の真相を追っていた」 ギアス。 耳慣れぬ単語にギルフォードは戸惑う様子を見せ、その存在を知るスザクは顔色を変えた。 やはりか。頭を振る彼女に、精彩は薄い。 「ユフィは、ギアスによって殺された。叩いてきたぞ、その根幹を」 「………根幹? ユフィは、ゼロが」 「ギアスというものは、暴走するのだそうだ」 言葉を遮り、耳に入れる気はないとばかりに手を振ると彼女は口を開き集めてきた情報を口にした。 今となっては、雑学にもならぬ情報だ。 「暴走………ですか?」 「嗚呼。本人の意思など関係なく、勝手に作用する爆弾。まったく、アレの詰めの甘さはわかっていたことだが。それにしたって愚かなことだ。そんなシロモノに縋らなければならないほど、弱いとは思っていなかったのだが」 「殿下、それは、どういう」 「否。過程など関係ないか。結果的に、ユフィを殺したのはアイツだ」 言って、顔をあげる戦女神の瞳は剣呑だった。 「アレ本人の意思ではなかった。それでも、アレは止まるわけにはいかなかった。ナナリーとユフィを天秤にかけた挙句、ナナリーに天秤が傾かれる。というのは業腹だが。私だって、同じ状況ならばナナリーを犠牲にしたろうさ」 だって、半分しか血の繋がらない姉妹はたくさんいても、同腹の姉妹は自分にとってユフィだけだったから。 特別の加減が、違うというもの。 「私が問いたいのはな。枢木スザク、何故、お前は、ユフィの死を、そのままにしておいたか、ということだ」 「………! 僕は!」 「何故、ユフィの騎士だったお前がゼロを売り、ナイト・オブ・ラウンズの席に着いた! そんなことがしたくて、ユフィに近づいたのか?!」 「違います!!」 「では何故、ユフィの汚名を雪ぐ努力もせず貴様は<死神>の名を与えられるがままにしている!!」 荒げられる声に、スザクは背を震わせた。 ブリタニアの白い死神。今、スザクについている二つ名だ。 「じ、自分は、ユフィの願いの、ために………。行政特区日本を」 「このエリアのどこに、イレブンがいる。100万のイレブンは、ゼロに連れられ中華連邦に亡命したが?」 「でも、衛星エリアに昇格も」 「それは、我が国の民となった名誉ブリタニア人のためのものだろう。ユフィは、ナンバーズにも優しい特区、というものを作ろうとしていたはずだが?」 疲労の入り混じる声で言えば、スザクの視線が下を向く。 「虐殺皇女に、ブリタニアの白い死神。なんて似合いの主従だったろうよと、嘲られたぞ。この私がだ。戻って、二時間も経たぬというのにな」 「な………ッ!」 あまりの侮辱に、声をあげたギルフォードに「問題にしているのはそこではない」と、コーネリアは首を横にした。 「枢木スザク。先に言っておこう。ゼロを殺せば、私は貴様を殺す。殺せずとも、私は一生お前を恨み続ける」 「ですが! ゼロは、ユフィを!」 「お前の憎悪の理由に、ユーフェミアの名を幾度利用すれば気が済むか!!」 恫喝ともとれる、皮膚を振るわせる声にスザクが顔色を失くす。 「いい加減にしろよ、枢木スザク。あの子が、あのユーフェミアが、虐殺など、考えもつかないあの娘が、己が騎士が友を売ることなど望んでいたとでも、本気で思っているのか!! たった一度、来た手紙にはこうあったぞ。日本で友達が出来た、とな。それはお前のことではないのか?! 枢木スザク!! そんなお前に、売られて。利用されて。そして、ナナリーまで傍から引き離すことを。まさかユフィが心から望んでいるなんてそんなこと、本気で思っているわけではないだろうな?!」 憎悪の理由に、人殺しの理由に、虐殺の理由に、蹂躙の理由に。 愛しい妹を使うお前のほうが、八つ裂きにしたいほど憎らしい。 奥歯をかみ締めながら、睨み付ける戦女神の瞳には青く炎が宿っていた。 「殺され、死ぬ瞬間を過ぎようとも、誰も恨んでも、憎んでもいなかったユフィの心を何故騎士たるお前が理解しない………」 お前は本当に、ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士なのか。 震える声に、イエスと応えられない。 コーネリアもわかっているから、問い掛けたのだろう。 「お前に、ゼロの追撃を命じたのは私だ。間違っていたとは、言わない。あの時の私の判断は、間違っていなかっただろう。だが………」 言葉は途中で消え、下がっていい、と、手を軽く振れば、なにか言いたげにしていても、命令には静かに従った。 「ギルフォード……。長く、不在にした」 「いいえ。姫様のお帰りを、心よりお待ちすることしか出来ずに……」 不甲斐無い騎士で、と、自嘲を浮かべる相手に、首を静かに横へ振るう。 「ユフィは、ギアスという力に殺された。ならば私は、ギアスを滅ぼそうと思う。そのためなら、私は何にでもなろう」 「………ジェレミア卿より連絡を頂き、姫様を迎えに伺った時より、覚悟は決まっております。グラストン・ナイツも、同じ考えでありましょう」 「気苦労ばかりかける」 「私は、姫様の騎士ですから」 労苦などと、思いもしない。 微笑かけるギルフォードに、コーネリアも薄く笑う。 しかし、顔を引き戻した彼女にはそんな柔らかさは微塵もなかった。 「例え父上であろうと、容赦はしない。ユフィの仇は、誰であろうと私の敵だ。行くぞ、ギルフォード」 「イエス・ユア・マジェスティ」 静かに、けれどはっきりとした命令に、心より満たされてギルフォードは彼女の後ろを歩む。 騎士とは、主を止めるべき存在でもあるはずだ。 ダールトンがいれば、苦渋の表情を浮かべただろう。 けれど、それでも、彼は着いて行きたかった。 己の姫に、己の主に。 それこそ、地獄の果てまでも。 それもまた、騎士というものであろうから。 *** リア姉様が参戦してくれないかなぁ、と思いつつ。 スザクは、結局ユフィのなんだったんだろうと疑問に思いました。 |