その夜のことを、ただ言うのだとしたら。 男は、言い訳をさせて欲しいと言うだろう。 苦い顔をして、すまなそうな顔をして、せつない顔をして。 言い訳をさせて欲しいと、言うだろう。 その夜のことを、ただ言うのだとしたら。 女は、やさしく微笑むことだろう。 穏やかに、やさしく、包むように。いつか女が男に、そうしたように。 魔女も聖女も、結局本質ではどこも変わってなどいなかったのだと示すように。 女は、笑っているだろう。 男の言い訳としては、疲れていたのだということだった。 メイドであり影武者であり、仮面の素顔を知る数少ない人間である咲世子の体力に合わされたスケジュールは回避されたとはいえ、次には魔女の豹変に対する黒の騎士団へのフォローが残っており、ほかにも不信感をあらわにする人間への立ち回りに忙しくなりすぎた。 実質、日本を解放したい気持ちは強くとも理解を他の団員に求める気力はルルーシュから失せつつあった。 なにも、理解者などいらないと孤高を気取る気は毛頭無い。 騎士団は確かにルルーシュの政治的手腕が卓越しているからこそ、回転する組織だが、国を組織に置き換えるまでもなく物事には多くの人間がかかわるものなのだ。 それら全てを「もういい」などと思って切り捨てることも、理解を求める手を伸ばすことを止める気も、彼にはなかった。 組織の長は、弁明という行為を極力避けなければならない。 主義主張が一貫して行われない組織というのは、つまり方向性を見誤っているということがある。 方向性を見失った力など、暴力よりもタチが悪い。拡散していけば被害ばかり広げるくせに、誰も収集をつけられないのだから。 手綱を握り締め続けるためにも、組織の長は弁明してはならない。というのがルルーシュの主張のひとつであった。 そうとなれば、先の殲滅作戦の外殻以外を末端組織員に説明する気はなかった。 否、例え説明したところで、超常能力開発研究および軍事流用出来る生態兵器開発など、易々と信じるものか。 寧ろあっさり信じたら、そのほうが危ない。常識的な面も含め。 黙っても駄目、事情を説明しても駄目。 だったら、説明する時間を惜しみ他に廻したほうが余程有用というものだろう。 とはいえ彼は、疲れていた。 自室に戻ってきた時は、すっかりと魔女の記憶をなくした女の前で、取り繕う余裕さえ失せさせてしまうほどに。 「あ……ご、あ、えっと、ルルーシュ、さま」 おかえりなさい。 控えめに言う黒衣の女に、嗚呼、と短い声を返してソファへ向かう。 「五分寝る。五分経ったら起こしてくれ。時計の見方はこの間教えたな?」 「あ、はい。えっと、今は5にぴったりだから」 「長い棒が6に来たらだ」 「わかりました」 従順な女を、どこか物慣れぬ様子で見つめながらソファに横たわる。 ゼロのマントを外しただけの衣装にソファとは、どこか滑稽な気さえしたが誰も見ていないのだから問題ない。 そう、誰も見ていない。 誰も笑わない。 あの、魔女はもういないのだから。 「………」 うっすらと目を開けば、女が真剣に時計を見つめていた。 両手で目の高さにまで持ってきている女に、失笑が浮かぶ。 「起こしてしまいましたか?! 申し訳ありません!!」 慌てる女に、違うと首を振った。 用事を言いつけられるとでも、思ったのだろう。 傍にきた女の緑髪は、変わらず視線に鮮やかだ。 「なにか、唄ってくれないか」 「え………?」 「なんでもいい。休まるものを」 疲れていた。疲労感が強い。 以前に比べ、自分の正体を知る者は増えた。 あの時。 ユーフェミアの一件で、抱きしめてくれた、自分を知っている者は、魔女以外いなかった時のように。 この女が唯一というわけでは、決してないはずなのに。 それでも、"魔女"がいないというだけで、疲労感が強かった。 「では………、失礼します」 ソファに彼女がおとなしく座ると、ぐい。と頭を持たれて膝の上に乗せられる。 地味に乱暴なところは、変わらないのかと。 痛みに思わず顔をしかめていれば、少し高い女の声に旋律と歌詞がのった。 「"そして、坊やは 眠りについた"」 ゆるやかに唄われる声が、あまりにも優しかったものだから。 魔王は、目を伏せた。 五分といわずに、眠りたい。深く、深く。 愛を、キスを、断片的な言葉だけが耳を優しく流れていく。 繰り返される、同じ歌。 沈むように眠りへ旅立つ姿を、見る者はいない。 歌詞に反応してか、ルルーシュの指先がひくりと喘いだ。 それを見て、女がそっと優しく手をとる。 握り締めるのが、互いに細い血まみれの手。 口付ける代わりに、女は黒髪を優しく撫でてもう片方の手に微かな力をこめた。 *** 子守唄のイメージは、某灰色男さんでやってたノアの箱舟のアレです。 C.C.様の子守唄なら、マオ相手にアイモなのですがねぇ。 |