実は、その女性に見覚えが無い。とは言えなかったのだ。 どこかで見た気がする、程度には引っかかっていた。 けれど彼女が軍人だと知った時、抵抗活動中にどこかでみかけたのかもと思ってそのまま忘れていたのも事実。 思い返せば、おかしな話だ。 普段、カレンたちのような弱小抵抗活動グループはブリタニア軍人を前にすら出来なかったのだから。 所謂使い捨て、とされる名誉ブリタニア人の軍人がほとんどで、ブリタニア人の軍人など見かける機会など多いはずもない。 ましてそれが、KMFのチーフオペレーターというならなおの事。 カレンの記憶では、彼女はスザクの軍での知り合い。というものだった。 しかし、彼女にとってカレンは、違うものらしい。 目の前にいる人物が、信じられないといわんばかりの視線を注がれる。 ナナリーに牢屋から連れ出され、こうして拘束は無いものの実際動けるわけでもない特殊牢に移されて数日。 シャーリーの死を聞かされ、消沈していた彼女にほぼ毎日暇なわけもあるまいにスザクはやってきていた。 曰く、今のゼロはルルーシュではないのか。 疑っている、疑惑は拭えない、知っていることがあったらなにか教えてほしい、それを以って温情措置が取れる。 戦場で殺すことに躊躇いをもたれるのは、心底からいい迷惑だが、こうして顔を合わせた途端手段を選ばないと言った口で散々にゼロを貶しながら自分は助ける側にいるのだと主張されるのも鬱陶しい話だ。 次にあの忌々しい薬を目の前に出してきたら、なにがなんでも殴り倒してやる。 決意を新たにしていたところで、今日も今日とて光の檻が人一人分通れそうな扉のように開いた。 蒼穹よりも深い青のマントに身を包むのが、ナイト・オブ・セブン、枢木スザクである。 「今日もなにも言わない気かい」 「言うことなんてなにも無いね」 粗野な態度で言い返せば、昏い瞳に剣呑な色が混じる。 またリフレインをちらつかせてくるつもりだろうか。だとしたら、全力で抵抗してやる。 あの薬の恐ろしさを、この男は知らないのだ。 だから平気で他人に使おうなんて、出来る。 来るなら来いとばかりに気構えていたカレンだったが、不意に細く伸びた先よりも更に奥から声がかかった。 ナナリーとスザク以外、立ち入りは禁止されていた様子だったがどうやら彼女には関係がないらしい。 ブリタニア軍の女性士官用制服を身にまとった女性が、固い声で呼びかけた。 「セシルさん。どうしたんですか」 「ロイドさんが、ランスロットの新しいユニット実験をしたいって駄々を捏ねているのよ。会議の時間まで、大丈夫かしら?」 「でも……」 ちらりと、スザクが赤い髪の少女を見やる。 手の中にそっとリフレインを隠したのは、この女性へは知られたくないからか。 卑怯者、と、胸の中で罵った。 自分が正しいと思っているなら、言い訳せずにやればいい。(否、薬なんて冗談じゃないが、考え方の問題として) ゼロは、ルルーシュは、なにも言い訳をしなかった。それが正しいかどうかはともかく、カレンはそこにある種の憧れを見た。 スザクの行動は、なんだかんだと言いつつ言い訳がましいことが多い。 小さなそれらは蓄積していって、今は不快と名前がつけられている。 「……わかりました。ラボに行けば大丈夫ですか?」 「えぇ。エナジーフィラーとの兼ね合いもみたいって言ってたから」 「頼みますから、エナジーフィラーの活動限界までの起動実験は勘弁してくださいね。僕も、流石に今それをやってその後会議、っていうのはちょっと……」 「まぁ。若いんだから大丈夫よ」 マントを打ち鳴らし踵を返し歩いていく少年の後ろをついていくようにしていたセシルが、途中慌てたように声をあげた。 「え?」 「やだ、コンタクトが……」 「してたんですか?」 「えぇ……。スザクくん、悪いけど、先に行って貰えるかしら」 「そんな、僕も探すの手伝いますよ」 「動かないで! そっち、そっちには私には行ってないんだから、そっちへ行っていてね。ロイドさんが拗ねちゃうから、スザク君は先に」 「でも……」 「そんなずるずるしたマントでしゃがまれても、わからなくなっちゃうでしょ?」 言いえて妙なためか、スザクは無言でうなずいた。 なんとなく複雑そうな表情なのは、気のせいか。 「じゃあ、行きますけど」 「えぇ。私もすぐに行くわ」 しゃがみこんで既に探すべく動いているセシルに背を向け、歩いていく。 音もなく、扉は閉まった。 しばし沈黙が支配していたが、唐突にすっくと立ち上がると軽やかな足取りで彼女は光の檻の前に立つと複雑そうな顔をしながら口を開いた。 「……紅月……、カレンちゃん。よね?」 言葉に、さしものカレンも驚く。 その苗字を知る者は、黒の騎士団にさえ今は多くは無い。 何故。 驚いた表情を向けていれば、セシルは困ったように苦笑した。 「恋人、だったの。………ナオトの」 「お兄ちゃんの?!」 あの兄に、こんなおっとりとした、しかし軍に入るようなブリタニア人の恋人がいたなど初耳だ。 思わず立ち上がれば、こっくり頷かれる。 「セシル・クルーミーです。カレンちゃんのことは、ナオトからよく聞かせてもらっていたのよ?」 だから、あなたは初対面かもしれないけど私は多少はあなたのことを知ってるつもり。 言われれば、複雑な心境だった。 兄は、自分の今の姿など望んでいないだろう。 あの人は、自分と母がひっそりとでも平穏に生きることを望んでいた。 兄の意思に背いたことを間違っていたとは思わないが、それでも悲しませるだろうという思いはある。 「待っててね。もうすぐ、出してあげるから」 「………どういうこと?」 「ナオトが死んでしまったのは、私とロイドさんのせいなの」 「な………!」 唐突に明かされた答えに、カレンの頭はついていかない。 ただ、彼女が嘘をつく必要などなく、事実を言われているのだろうということが明らかだった。 紅月グループはそれなりに統率のとれたグループとして、名はあったが所詮それだけだ。 軍人の彼女が、ナオトを。まして、ナオトと結びつけてカレンを知るはずがない。 つまり、彼女は本当に兄の恋人、もしくは知人ということになる。 「もう、死んでほしくないの。誰にも」 「ふ、……!」 ふざけるな。 目の前を怒りで赤くしながら、衝動のままにこぶしを握り締めた。 殺したくない、なんて、そんな。 人様の国に勝手に来て、奪うだけ奪って、復興も認めない国の軍人が。 なによりも、多くの日本人を殺し傷つけ一時期はゼロさえ奪った枢木スザクの関係者が、言って許される台詞であるものか。 怒りのあまり、声にならない。 震えるこぶしを抑えつけるだけで、精一杯だ。 「色々、言いたいことは全部ちゃんと言って頂戴。今は、信じて。必ずここから、逃がしてあげるから」 「そんなことしたら……」 「そうね。きっと、軍法会議にかけられてしまうでしょうね」 にこにこと穏やかに笑う彼女は、死んでしまった仲間を思わせた。 彼女もそういえば、こんな風によく笑っていた。 「でも、もう今度こそ。失いたくないの。あなたはナオトが、心から守りたかった妹さんだもの」 守らせて、ちょうだいね。 悲しげに笑われて、声が出せない。 先とは違う感情に支配され、指先が痺れていく。 「………少しだけ」 「え?」 「少しだけ、似ていたのよ。以前は、スザクくんとナオトって」 だから、スザクくんはなんだかんだと言っても、最終的にあなたを助けてくれるよう尽力してくれるものだと勝手に期待していた。 「けれど、駄目ね。ひとに期待ばかりかけては」 少なくとも、いくら総督補佐というこのエリア11においては副総督クラスの権限を持っていようと、総督が一時身を預かるとした捕虜に対して勝手に薬物を使用しようなどというのは間違っている。 彼の行動は、黙認出来るレベルも、期待をして見守りたいという希望も、超えていた。 「だから」 あなたを助けさせて、ちょうだいね。 光越しに、微笑まれてカレンは混乱した。 ブリタニア人全員を、憎んでいられたら楽だったのに。 こうして人に触れるたび、相手もまた人なんだと思って切なくなる。 嗚呼、お兄ちゃん。 あなたはこの想いを、あの時すでにわかっていたの? だから私に、抵抗活動なんて参加するな、なんて言っていたの? 兄の声が聞きたかった。 母の手で頭を撫ぜて欲しかった。 そうしたらきっと、自分なりの答えが見つかる気がしたから。 *** 小説版ナオトは、ものすごいイイ男です。 セシルさんにくっつけたのは、ロイドさんは公式でミレイさん。妄想でルルという傍にいる人がいるから。 ラクシャータは、セシルさん個人よりこの三人。という形にしたいので。 |