艶の消された制帽に、細い面を縁取る漆黒。
 軍人としての正装は細身の少年といって差し支えのない彼に、けれど違和感なく収まっていた。
 ストイックなまでに肌の露出を殺す少年が、一歩前に出ると丁寧に敬礼をする。
 紫水晶よりもいっそ鮮やかな瞳が、真っ直ぐに星刻を射抜いた。
「黎星刻」
 ぞっとするほどの甘い声が、星刻の名を呼ぶ。
 この場において、彼は客将という身分であったが室内ではどちらが上位であるかをきちんとわからせている。
 そうとなれば、他国であろうとアテンションの命令が解かれぬのに気を緩めて良いわけがない。
 男は直立不動のまま、視線だけを目の前の少年と呼んで然るべき彼に移した。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア中佐。第三連隊の連隊長も兼ねている、神聖ブリタニア帝国軍の魔人。
 作戦立案能力を買われ、本来であれば士官学校で卒業を待つ年齢でありながら異例の引き抜き。
 サバイバル実技などの点数はお世辞にも高いとはいえないが、小隊を率いての行軍実習では彼の小隊は被害もほとんどなく無事であったというのだから驚きだ。
 軍人である、知略だけに優れていようともそれだけではこの地位には座れない。
 だが、目の前の少年はそれを現実のものとしていた。
 軍上層部が手出ししようとも出来ぬ、その手腕は現在対立中の星刻たち中華連邦にとってあまりにも鮮やかな敵だった。
「あぁ、すまない。楽にしてくれ。聞いたよ、あの枢木少佐と互角に打ち合ったと」
 ひらと手を振られ、それでようやく半歩足を開いて休め、の形をとった。
 例え形のみの命令であろうと、自分も彼も軍人。
 矜持が、言葉に従うことをよしとしていたがそれだけである。
 彼には主君が定まっている。戦乱の多い国に、傀儡として祭り上げられてしまった少女。
 目の前の彼よりも、なお幼い少女が星刻の守る国の頂点である。
 彼女を守るためにも、この場で悪感情を相手に抱かせるのは愚の骨頂だと。よくよく理解していた。
「彼は、我が中隊でも稀にみる傑物なのだが」
「実力としては悪くはありませんでした。しかし、無礼を承知で申し上げるのでしたらもう一歩、感覚としてではなく、戦略として相手の動きを読むようにしなければ今後の成長は難しいでしょう」
「是非それを本人に言ってやってくれ、黎星刻。作戦立案部部隊長として、君の今の発言はおおいに好感の持てるものだ」
「光栄です」
 平坦な声に返る言葉は、いかにも苦労人といった色のものだった。
 机の上で肘をつくような真似はしなかったが、くすくすと笑う仕草は今にもそんな真似をしそうである。
「司令官殿は、君の対応を私に任せるおつもりらしいが」
「シュナイゼル少将殿が、ですか」
「あぁ。中華連邦との戦場は、実質私が預かっているからな。―――私を殺せば、現状が一気に崩せるぞ?」
 試してみるかと、誰もいないのに嘯く声が静かなものだ。
 だが、誰もいないからといってそれはこの部屋に限ってのこと。
 隣室の待機室には、自分と相手それぞれの副官が同じように黙り込んでにらみ合いを続けていることだろう。
「そのような無礼な真似を、しに参ったのではありません」
「わかっている。ブリタニアと中華連邦の三ヶ月の停戦、対価はインド軍区より新たに報告された兵器技術の共用、だったか」
「貴官へは、既にその兵器の報告を書面にて報告させて頂いているはずだが」
「受けている。確かに、あの技術は我がブリタニアには無いものだ、魅力的ではある」
 だが。
 ちらと視線を上げられれば、ぞっとするほどの光に満ちた紫電。
 星刻へ向かう視線は軽やかに上がり、口の端を舐める赤が蟲惑的である。
「我が国へのメリットが、聊か少ないのではないかな」
 言われてやはりかと舌を打ちたい衝動に、かられた。
 あくまで共用である。
 そこから技術をどう引き伸ばしていくかは別として、彼らが独占的に技術を得られるわけではない。
 しかし、中華連邦には現状あまり良い材料が揃っていないのも事実であった。
 資源としての物資は言うに及ばず、外貨としてかの国の財政を買い取る能力は無い。
 だからといって、現状のままミサイルの発射口を向けられて大の字で眠れるほど暢気でもいられない。
「………、いいだろう。ひとつ、条件を提示させていただく。それを貴官が飲まれるというのであれば、私からシュナイゼル司令にこの一件、責任をもって掛け合うと誓おう」
 なんなら、確約をもぎ取ることも約束しようと諳んじる唇が孤を描いて笑みになる。
「ずいぶんと、優遇してくださるようだ。その条件とは?」
「実に簡単だ。貴官に、我が隊の増強を手伝って頂きたい」
「なに………?」
 言葉に柳眉を寄せた男だったが、ルルーシュは構わず続ける。
「先ほども言っただろう。力で突撃する馬鹿が多い、と。貴官には、戦争というものはそれだけでは万事罷り通らぬということを、骨の髄まで叩き込んでやって欲しいのさ」
 嗚呼安心すると良い。なにも、連隊の全てにして欲しいなどと無理を言うことは無い。
 そんなものは、強化練習とでも銘打ってプログラムを新しく組んでやれば良いだけのことだからな。
 我が隊の中でも、選りすぐりの馬鹿、ではなく、武力重視の単細胞共に君の戦略を叩き込んでやって欲しいだけだ。
 すらすらと言うほどに、目の前の男は飛び掛る寸前の獣が如く感情を負へと傾けさせていく。
「私は、中華連邦の人間だ。ブリタニアの」
「私の客将として扱う。技術力だけ、武力だけでは、戦争というものは成り立たない。それは、どの国であろうと本来ならば理解していなければならぬ事実だ」
 しかし悲しいかな、我が隊にはそれを理解するものが少ないのだよ。
 言って、椅子の上で肩をすくめた。
「ご協力いただけないかな? 無論、断る権利を君は持っている。判断は貴官に任せよう」
 懸命な判断を待っているよ。
 それだけ言って、別室の副官を呼びつける。
 すぐに出てきた男はジェレミア・ゴットバルトといい、この軍施設内でも権威を振るう純血派のリーダーであることがすぐにわかった。
「今日は自室でゆっくりと休まれるがいい。ジェレミア、彼を客室へ」
「イエス・マイ・ロード」
 カッチリと踵を合わせ、先導するように言葉もなくジェレミアが別室へ繋がるのとはまた別の扉へ向かい、扉を開いた。
 そこにかかるのが、なんの気無しのような引き止める声。
 まだ何か、と言わんばかりに憮然とした表情を隠しきれぬ星刻と、そんな上官の態度に珍しいと驚いた表情のジェレミアがほぼ同時に振り向いた。
 引き止めてしまったのは、自分としても無意識だったのだろう。
 ルルーシュは、少々ばつの悪そうな顔をしてから、小首を傾けた。
「黎星刻、君はどこのメーカーのシャンプーを?」
「は?」
「それだけ長い髪を、維持するのは大変だろう」
 言ってしまってからどこか気恥ずかしそうにするルルーシュは、先ほど悠然とした態度が嘘のような色だ。
 それを見たせいだろう。
 するりと零れた言葉は、星刻自身も己に対し驚きの感情を向けたくなるほど自然なものだった。
「軍の至急品です。お言葉を返すようですが、あなたの髪もずいぶんとお美しい」
「………、退室を許可する。速やかに行動したまえ」
「失礼いたしました。それでは」
 言って、いっそわざとかと言わんばかりに長い髪を翻し男が退室する。
 ぱたん。と閉まった部屋には、ルルーシュ一人だけが残された。
「………いや、あれは反則だろう」
 ぽつりと言葉を落とす、彼の顔は。
 黒い軍服に埋めてなんとか隠そうとするけれど、隠しきれぬほどに真っ赤になっていた。
 思い返しては、また赤くなる。
 なにを思って、彼はあんな優しく微笑んだのか。
 まさか自分が子供のようだと思われたからではあるまいな、と、居た堪れないように椅子の上でじたばたとルルーシュは手足を動かした。
 そんな姿を見た者がいなかったのは、幸いか不幸か。
 判断はつけられぬままだけれど。


***
 中途半端に軍っぽさを出そうなんて足掻くんじゃなかったorz
 えらいエセで申し訳ありません。
 本当に難しいんだぜ黎星刻も軍ネタも………!(血涙


病性ニルヴァーナ




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