静かに、音も立てずナナリーの電動車椅子が滑った。
 実質的な拘束はないものの、行動を制限する透明な檻の一部だけが開いてスザクが入っていく。
 いくつかの諍いの合間に聞こえる言葉に、彼女は顔色を無くした。
 その存在に気づき、カレンが顔色を変える。
 気が立っていたせいかそれに気づかなかったスザクも、彼女の様子にようやく振り向いて翡翠の瞳を大きく広げた。
「シャーリーさん、が………」
 死んだ。
 あの、明るかった少女が。
 優しく振舞ってくれていた、兄のことを好いていてくれた少女が。
 死んだ。
 人の死が、深く重く腹の底に横たわる。
 だが、それよりも聞き捨てならないことを二人は交わしていなかったか。
「……どういうことですか。スザクさん」
 お兄様が、いったい、誰を、殺したと。
 兄は未だ、行方不明ではないのか。
 そうと言っていたはずだ。私には。
 すべての証拠が、彼を白だと言っている。
 ナナリーの耳は確かにそう聞いた。
 昨日、今日、兄が発見されたとは到底思えぬ、その表現。
「どういうこと、ですか」
 表情のごっそり殺げたような声音に、スザクが声を発した。
 ちがう。
「なにが、違うというのですか」
 まさか私が、聞き間違えていたとでも言うおつもりですか。
 ひどく、静かな、平坦な声音に、はくはくとスザクの口が動いた。
「お兄様が、なんだと仰いましたか。カレンさんに、なにをなさろうとしたのですか、カレンさんは、お兄様が」
 お兄様がシャーリーさんを殺すような人だと、お思いなのですか。
 言葉に、今度はカレンが違うと声を発しかけて噤む。
 一瞬でも、疑った。
 なにかあって、ユーフェミアにしたように、今度はシャーリーを殺したのではないかと。
 疑った。
 だからこそ、語を詰まらせてしまったのだ。
「どうして」
 どうして、お兄様をそんな風に思われるのですか。
 どうして、お兄様がそんなことをするなどと思えるのですか。
 あの優しいお兄様が。
 あの脆く儚いお兄様が。
「………ナナリー、ルルーシュは」
「スザク!」
 なにかを発しかけたスザクに、カレンが鋭い制止の声をかけた。
 だが、言ってください。と、少女は気丈に返す。
 否、それは命令だった。
 いかに皇族といえど、ナイト・オブ・ラウンズへの命令権など持ってはいない。
 嘲る皇女や皇子たちがいようとも、彼らはあくまで皇帝直下の騎士。
 ナナリー程度の序列では、彼らに命令する権限などない。
 だが、逆らえるような生易しい空気を放ってはいなかった。
 重苦しく、彼は口を開く。
 ルルーシュが、ゼロである。
 現在のゼロも、その可能性が極めて高い。
 重苦しく、けれど軽やかにするりと、スザクの口から滑り出た事実に、カレンが射殺さんばかりの視線を向ける。
「お兄様、が………」
 嗚呼では、ゼロは迎えにこようとしていたのですね。
 わたしを。
 わたしはお兄様の手を拒んで。
 お兄様を売った、薄汚い人間の手に守られることを甘んじていたということですか。
 なんて、ひどい、屈辱でしょう。
 空ろに顔を向けて、ぽつりぽつりと呟いた言葉には例え様もない毒が孕んでいた。
「嗚呼……。ならばエリア11になど、用はありません」
 滅びてしまえ、こんな場所。
 背筋を凍りつかせるような、声音だった。
 内容のあまりの冷酷さに、二人が息を呑む。
「お兄様がこの地で、なんらかの事情があると思ったからこそ。平定を急ぎましたのに。お兄様は、この地にいらっしゃらないのですね」
 ならば用は無い。
 お兄様のいない場所など、守ってなにになるというのか。
「ナナ、リー………!!」
「そうです、カレンさん。一緒に私といらしてください。あぁそうだ、アーニャさんには洋上の護衛をお願いしましょうね」
 ふわりと向けられた表情に、二人そろって驚愕を浮かべる。
 彼女の瞳が、開いていた。
 ルルーシュよりも柔らかいすみれ色が、きれいに輝いている。
「黒の騎士団に、手土産のひとつも必要でしょう。カレンさんと、カレンさんの乗ってらっしゃる機体で今回のことを不問にしていただければよろしいのですが」
 はんなり手を合わせて、良案ひらめいたとばかりの彼女に、二人は一歩も動けない。
「スザクさんの首には、興味ありませんし。カレンさんは、黒の騎士団のエースパイロットだったのですよね。でしたら、そちらのほうがお兄様のためになりそうです」
 人間の生首なんてもらったところで、蹴り飛ばして遊ぶことも出来ないし邪魔以外の何者でもない。
 ならば、カレンのように直接兄の役に立てるひとを持っていったほうが喜ばれるに決まっている。
 にこにこと花のように笑いながら、ナナリーはその瞳を細めて言い放った。
「さぁ、お兄様のもとへ帰りましょう」
 いつの日か、ゼロにも差し伸べられたその手。
 今は絶望色に似た、花色をしている手。



***
 この後、スザク殴り飛ばしてカレンはナナリー連れてダッシュで逃げます。←
 っていうかスザク、お前は手段を選ばなきゃ駄目だろう……! 今までの主張をどうする気だ………!


逃亡劇、前哨戦




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