魔女の物語は、それはそれは短いものだった。
 主要な登場人物は片手で余り。
 起承転結と形ができているほど、まとまったものでもない。
 荒唐無稽な物語は。
 時間にして、然程長いものではなかった。
 ただ、それは。
 ルルーシュにとっては、全てのはじまりであったし。
 魔女にとっては、終わりのはじまりであった物語だということも事実。
「………」
「言葉もないか」
 冷ややかなどとは到底言えぬ様子で、うっそりと魔女が笑う。
 崩れたままのルルーシュを前に、向ける笑みはもうなにに笑って良いのやら。
 さっぱりと、わからぬ顔だった。
 笑みだけが、最早惰性にも似た感情のまま浮かべられている。
「……そんなことのためか」
「嗚呼。そんなことのために、マリアンヌは死んだのさ」
 そしてお前の妹は、世界を視界に映すことを拒絶するほどのトラウマを体験し、お前は世界から拒絶された想いを抱えていくことになる。
 神を殺す。
 世界を作ったかみさま。
 世界から争いをなくさないかみさま。
 大国の皇子として生まれた二人は、だから決めたのだ。
 かみさまを、ころしてしまおうと。
「なにがいけないの」
 響く声に、うんざりとした憎悪を滾らせC.C.の視線が走る。
 子供の声にしてはどこか平坦な調子であったが、魔女は特段構わない。
 むしろこの子供が、見た目相応に無邪気な様を呈していたらそのほうが気持ち悪くてやっていられない。
「やぁ。久しぶりだね、マリアンヌ。元気だったかい」
 場にいることが明らかに異質なロロやジェレミア、ルルーシュにさえ構わず、少年は朗らかな調子で生体ポッドへと顔を向けた。
―――えぇ。最近は、ずっとブリタニアへいたようだけれど
「うん。シャルルは元気だったよ。あぁそうだ、マリアンヌ。コーネリアが、君に会いたがってたんだ。ここまで会いに来たんだよ。すごいよね」
 ユーフェミア・リ・ブリタニアの汚名を晴らしたいんだって。
 言う少年の声に、室内のどこからともなく全体から響き渡る声が静かに相槌を打った。
「それ、で。はじめましてではないけど、君は僕を覚えていないよね。ルルーシュ。あぁジェレミア、君は久しぶり。ロロも君も、裏切ったのは、まぁいいや。ジェレミアはマリアンヌを特別尊敬していたしね。ロロも、そんなに君が大事ってわけでもない」
 ちらとそれぞれへ視線を移しただけで、すぐに関心など失せたようなどうでもいい調子で評した。
 宗主からの決定的な放逐の言葉に、ロロがわかっていたことと自覚しつつ顔色を失くす。
「……お前が、V.V.か」
「うん。C.C.に僕の名前を聞いたのかな」
「………V.V.なにをしに来た」
「決まっているじゃないか。邪魔を止めに着たんだよ」
「お前の存在こそが邪魔だ」
「ひどいね、C.C.僕をここに、こうしたのは、君の意思なのに」
「あぁそうだ。それが間違いだったとは、言わないさ」
 女が手にした、銃がようやく機器から逸らされるけれど。
 今度は、少年へと向けられた。
 照準が変わっただけではあるが、長い金髪を揺らすばかりの少年は変わらない歪な表情を浮かべるばかりだ。
「無意味だってわかってるのにね」
「足止め程度は出来る」
「無駄だよ」
「試してみるか?」
 予備動作の極力殺がれた、指先の動き。
 銃声が室内に重く響き渡り、銃口を向けられた少年が仰向けに倒れ付す。
 だが、この場にいる全員が誰も声をあげず警戒も解かなかった。
 案の定、すぐさま起き上がってくる相手に誰も驚くことすらしない。
「痛いよC.C.」
「ふん。本来ならば死んでいるはずのくせに、ぬけぬけと」
 琥珀色の瞳が浮かべるのは、明らかな冷笑だ。
 けれどV.V.も構うことはなく、滴る血を抑えるように手でぬぐった。
「マリアンヌ。C.C.がひどい」
 子供のようにすねてみせるが、彼女からの返答はない。
 それにまた気分を害したようで、V.V.はそっぽを向いた。
「そうだルルーシュ。シャルルがほめていたよ」
 子供特有の、気分の移り変わりのように。
 くるりと髪を躍らせて、手を打つ顔に先の不機嫌はない。
 まるで論理破綻を起こしているかのような相手に、ルルーシュは心地悪さを感じて知らず、眉間に力を込めた。
 口元が引き結ばれ、真一文字となる。
「………お前は一体、何なんだ」
「あれ? 知っていたんじゃないの? 僕のことを」
 ならばもう一度自己紹介をしようかと言いかけたところで、ゆるくルルーシュが被りを振るい、そうではないと示す。
「なにがしたくて、こんなことを始めたんだ。C.C.が言っていたことは、本当なのか」
「へぇ。君の共犯者の言葉を、疑うなんて。ひどいね」
「俺はただ一方向だけの情報で全てを判断出来るほど、ご機嫌には出来ていない」
「そう」
 君の不幸は、その良すぎる頭脳だろうね。
 哀れむように哀れむように、V.V.は目を細めた。
 けれど、笑みの形には到底見えない。
「簡単だよ。世界を壊して、作り直すんだ。やさしい世界を作るために。そのためには、かみさまなんて必要ないのさ」
 だから神を殺す。
 それが僕とシャルルの間に結ばれた契約。
 そのためならば、どんな被害も甘んじて受け入れよう。
 ルルーシュ、君が黒の騎士団を率いて戦争を起こし、その被害者を背負うと覚悟をしたように。
「でも、残念ながら僕らの願いは誰にも理解されなかった。だから、マリアンヌの一言は、僕らにとってとても嬉しかった」
 何故、女だてらに戦場に出るのか。
 問いかけたシャルルに、マリアンヌは美しく笑い言った。
『やさしい世界になりますように。その願いを、持っているから』
 だから戦うのだ。
 世界が、やさしい方へ進んでいると、信じたいから。
「だから彼女をシャルルの奥さんにして、世界が壊れても安全なところへ避難させてあげた」
 Cの世界。
 この世界とは違う、異質の世界。
「本当は、ナナリーも連れていってあげようと思ってたんだけど、シャルルがナナリーの願う通りにやらせてあげたい。って言うから、やめたんだ」
「ナナリーまでも、巻き込むつもりだったのか……!」
「彼女ははじめから、動く世界の当事者だよ。望む、望まぬ関わらず、世界が動けば世界にいる人は巻き込まれる。僕は、そうならないように助けてあげるつもりだったんだけどね」
 でも、シャルルが止めるから。
 やめてあげた。
 嘯く少年は、どこか残念そうだった。
 しかし、ルルーシュへと向けられる表情はどこか壊れた色合いをしている。
「ねぇ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。きみは、シャルルと戦いたいんだよね。大国ブリタニアと」
 けれど、求める道は同じだった。
 願うのはやさしい世界。本当に、それだけ。
「ブリタニア人にとって、ブリタニアこそが優しい世界。同じ理屈で、ブリタニア人以外にもやさしい世界を求める君。だけど、考えたことはある?」
 世界にとって、やさしい世界。
 君はそれを考えたことがある?
「神様なんて、いらないんだ。この世界の、どこにも」
 だから僕らは神を殺す。
 そのためならば、いくらでも血を流す。
「………V.V.」
「あははははは、後悔しているね。C.C.。でも、駄目だよ。後悔なんてさせてあげない、懺悔なんてさせてあげない。君がいくら都合よく言葉を隠し、語ったところで、僕らがはじまりの真実に一番近いんだから」
 僕は隠さない、僕は全てを曝け出そう。
 すべてはやさしいせかいのために。
 不機嫌な女の声にも、少年は構わない。
 哄笑とするには、あまりにも感情の伴わない声で笑い声を上げ続ける。
「ねぇルルーシュ。君の願いは、なんだったっけ」
 わかりきった口調で、問いかけるその声音が。
 ぞっとするほど、甘くすべらか。
 憎むべきは誰。
 憎むべきは誰。
 幼けな声が、誘惑する
 手を組むべきは、誰なのか。
 わかっているだろう? そう、言いたげに。


***
 もうなんか詰め込みすぎてギアス本編よりぎゅうぎゅうです。
 書きたいことがありすぎて、まとまっていないという良い見本。
 皇帝が、聖伝の帝釈天のようでとてもなんか、うん、微妙です。


煉獄の庵




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