くらい、昏い、地下の王国。
 ギアス嚮団の本拠地であるここは、中華連邦でもさらに都市部とは外れたところにあった。
 こんなところに人間が集っていては、逆に不振がられるだろう。
 思って言えば、ジェレミアは首を横に振った。
 集うだけではない。ここから、人は滅多なことでは出て行かない。世界に出て行こうとしない、閉塞された世界。
 移動手段は、現在の技術力を超えたものもあるという。
 なんとも胡散臭いと思いこそすれ、自身のギアス能力という前例があればそれを言うことも出来ない。
「こちらです。曖昧ですが、私の記憶ではラボがありましたから」
 ギアスそのものに触れるのならば、まずはそちらへの潜入が。
 先行するジェレミアに続き、ロロ、ルルーシュ、彼に並ぶ形でC.C.という、事情に精通した者達は足音を立てず黙して進んでいく。
 だが、足を進めるごとに沈んでいく魔女に魔王は柳眉を寄せた。
「どうした」
「どうもしないさ」
「顔色が悪い」
「では、放っておくか?」
「いや。お前でなければ、わからないものがある可能性は非常に高い」
「わかっているなら、放っておけ。私のことなど」
「おい」
 そんな言い方は。
 言い募ろうとしたところで、僅かに先へ行ってしまったロロが小走りに戻ってくる。
 どうかしたのかと言わんばかりの視線は、多分に魔女への嫉妬が入り混じっていた。
 わからぬC.C.でもなかったが、子供の相手は面倒だとばかりにいつもの皮肉げな笑みを浮かべる。
 だが、表情のどこかに無理をきたしていることは自覚していたのだろう。
 ぷいと顔を背けると、ルルーシュをおいてさっさと歩いていこうとした。
 留めたのは、背後からかかる彼の声だ。
「本当に具合が悪くなったら、言え」
「折角のチャンスを、不意にする気か?」
 莫迦な。
 口の端を吊り上げようとする女に、それでも少年は頷いた。
 不快げに、魔女が目を眇める。
 そんな大切に、丁寧に、扱われるような女ではないと。不快の向く先は、彼女自身だろう。
「お前の不調など珍しいからな。逆に眺めていてやるさ」
「言っていろ。童貞が」
 心の核心へは触れずに叩き合う軽口を二、三繰り返していれば、目の前に在るのがやけに重々しい頑丈な扉だ。
「ルルーシュ様」
 ジェレミアの声に、頷いて開けさせる。
 ロロが兄の傍へと近づけば、そっと笑いかけて髪を撫でてやった。
 緊張の解けた顔をして、二人が揃って室内へ入っていく。
 後ろから眺めていた魔女は、入ろうとしない。
 まだなにかあるのか。
 言わんばかりに振り向いたルルーシュの顔が、止まる。
 彼女のその表情を、一度だけ見たことがあった。
 スザクへ与えるショックイメージに巻き込まれる形で、見た映像。
 暗い洞窟で、心から嬉しそうに。まるで、見た目通りの少女のように、喜んで自分の名前を呼んでくれたと告げた時のような。
 常の老獪な表情ではない。
 年齢相応の、少女のような顔で。C.C.はなによりの愛しさをこめて共犯者の名前を呼んだ。
「お前は、たくさんのものを赦してきた。それが正しいことなのかどうか、判別はつかない。わたしには、つけられない」
 けれど。
 続ける言葉に呼応させるよう、魔女がゆっくりと微笑む。
「お前は私を赦すな。赦さないことが、正解だ。赦さないことが、正しい。私は、お前には、お前にだけは、赦されてはならない」
 さぁ、ここが私の罪の形。
 現実に現われたる、魔女の罪。
 すいと、細い指先が部屋の中央に位置する巨大な柱を示す。
 否、それは柱ではなかった。
 天井にまで届くほどのそれは、生体ポッドだ。
 中の溶液が、暗い室内でも燐光を放っている。
「あ………、な………」
 一歩、認められぬ現実にか、ルルーシュは瞠目したまま後ずさった。
 ジェレミアもまた、驚愕の表情を浮かべている。
「ど…………して…………」
 機器の音は静かで、それがまた異様な空気を醸していた。
 こぽり。
 水音がどこからともなく溢れ、静かな室内に響き渡る。
 たおやかに揺れる、長い髪の色はわからない。
 けれど、この場にいる誰もがその色を正確に黒だと判じていた。
 視覚に頼らない。記憶があるからこその、情報。
 ふわふわとした、長い黒髪。
 細く穏やかな面は、眠っているかのように安らかで、反面どこまでも無機質。
「ど………して………」
 魔女は答えない。
 苦笑のような顔を浮かべて、かたく拳を握り締めて。
 次にくるだろう、非難を甘んじて受けるように。
「―――これは! これは、どういうことだ! 魔女よ!!」
 ジェレミアが、魔女を激する。
 けれど、彼女は答えない。彼女が待つのは、男ではなく。
 ただ、己の共犯者であるように。
 とうの少年はといえば、認められぬとばかりにしながらそれでもそこから視線を動かさない。
 動かせずに、戦慄いていた唇が言の葉を形作り。
 喉を裂くようにして、慟哭に似た声が上がった。



「どうして………、どうしてあなたがここにいるのですか! 母上!!」



 なぁ、ルルーシュ。
 それでも私を赦すというなら。
 わたしのほんとうのなまえを、呼んでおくれ。



***
 しまった、ロロが空気だ。←
 んですいません、続きます。


楽園の底




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