アヴァロンの船室。
 オペレーターが繰り返し報告をする中で、ロイドは異常に苛立たしげに足元を蹴った。
 平素、へらへらと笑っている男なだけにその表情は珍しい。
 格下の家柄の婚約者に婚約を解消された時だって、笑っていた彼である。
 珍しいを通り越し、何事かと一同は目をむいた。
 ただ、シュナイゼルだけが困ったように笑っている。
 深いため息のあとに、肩口でだけで振り返ったその顔にカノンは血の気を下げた。
「ちょ、アスプルンド伯爵」
「アレはなんだい」
 止めようとした彼の言葉など耳にも入れず、ロイドは無表情にアイスブルーの瞳をメインモニタに移した。
 オレンジ色の機体、ジークフリート。
 ロイドをはじめとした元・特派の人間は研究開発に触れていないが、そこからあがる声は知っていた。
「ねぇ、アレの中にいるのは誰だい」
 聞かずとも知れている。
 ジェレミア・ゴットバルト辺境伯。
 ゼロの名を知らしめた、ブラックリベリオン内でも特に有名な通称オレンジ事件。
 その一件から、哀れ転落人生を送り軍内でも行方不明とされていた男の声である。
 ロイドは、軽く踵を押し付けるようにシュナイゼルへ再度問いかけた。
「アレがなんで、ゼロのもとにいるんだろうねぇ。あんな忠義心の塊が」
 特段ロイドもジェレミアと近しかったわけではない。
 むしろ、反目しあっていたというほうが正しい。
 ジェレミアは彼女の騎士であろうとし、彼に近づく権利を持っていた。
 ロイドは、幼い彼に一目で己の命運を感じ取り、彼の傍近くへ寄ろうとしていた。
 既に近いし相手と、胡散臭いの一言で切り捨てられた近づく男。
 仲良くしろというほうが、難しい。
 それでも、彼の前ならば引きつった笑みさえ浮かべてみせていたが。
「さぁ、誰だろうね」
「シュナイゼル」
「ちょっと!」
 責めるような口調のロイドに、さしものカノンも叱責の声を上げる。
 宰相であり、この場の全権を握るシュナイゼルと、ナイト・オブ・セブンが擁するというだけの一部署の責任者。
 彼らの付き合いが旧いものであるにせよ、ここは作戦展開中の戦艦内である。
 そうでないにせよ、この口調も呼び捨てにされる名も、見過ごして良いはずがない。
 わからないはずが、ないだろうという鋭い視線で彼はこの艦にあって軍服を身に着けぬ男を睨み付けた。
 けれどまったく、気にする様子もない。
「確信は貰ったよ。そうだね、それなら君が中華連邦で大宦官達から手を引いた理由もわかる。チェスが強くなった弟君へのプレゼントなわけだ」
「なんのことかな」
「あの忠義心のカタマリが。ブリタニアじゃなくて、ただマリアンヌ皇妃に仕えんとしていたあのオレンジが、ゼロの側についた。マリアンヌ皇妃の御血筋は、絶えていない」
「嗚呼。ナナリーがいるからね」
「うん。でもさぁ、もう一人いるよね? マリアンヌ皇妃は庶民あがりの騎士侯とはいえ、第一子に男子を授かっている」
「神聖ブリタニア帝国第十七皇位継承権者、第十一皇子」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。あのオレンジが膝をつくとしたら、ナナリー皇女殿下かルルーシュ殿下に他ならない。でも、ナナリー皇女殿下は今エリア11の政庁」
 ならば、答えは簡単。
 答えあわせをしよう、シュナイゼル。
「そう。ゼロは、ルルーシュだ」
 世を揺るがすテロリストは、元皇族。
 ニーナは、ナナリーという名とルルーシュを結び合わせ息を呑んだ。
 彼女は知っている。
 その、存在を。
「あの方が生きていらっしゃるなら、アッシュフォードとは繋がりを保つべきだった。なんとしてでも。気づかなかったボクは、どこまでも愚昧だね」
「全くだ。やはりお前を、ルルーシュの騎士にしなくて正解だったよ。ロイド」
 にこりと穏やかに笑う男に、ロイドは苦虫を噛み潰す顔を浮かべる。
 けれど、それだけだ。
 足を踏み荒らすことなく、ギシリと奥歯を噛み締めることもない。
 顔を上げた時には、最早不快の色も焦燥の色もなかった。
 ただ、決意だけがそこにある。あまりにも、単純に、明快に、明確に。
「行く」
「そうか」
「彼女、連れてくよ」
「好きにすると良い。手土産ひとつで、赦してくれれば良いが」
「赦しちゃうよ、あの方は。赦されるってことが、どれだけ重いか知っていても。優しく撫でてくださるんだ」
 やさしいから、ルルーシュ殿下は。
 なるほど確かに。頷いて、エア・ドアへ向かっていくロイドをシュナイゼルは止めなかった。
 忠誠心のカタマリに、彼を愛する騎士未満。
 世界は鮮やかに醜く美しく、手の上で展開されている。
 アラートが響き、捕虜の脱走がアヴァロン内に通達される。
 途端慌しくなった艦内であったが、そうこうしているうちに紅蓮弐式の発艦シークエンスが無理やり始まっていった。
 大童になる中で、楽しそうに楽しそうにシュナイゼルがカノンに向き直る。
「さぁ、皇帝陛下はどう出られるかな」
 とても優しい顔をして。
 天使にも悪魔にもならぬ唯人でありつづける宰相は、従僕に問いかけた。
 この世には、神などいない。
 いるのはただの、人間だけだ。例えそれが、あまりの悪意になにも見えないほどの闇を抱えた人間だとしても。



***
 OPで思いました、「この人は人間だ」と。
 で、更に思いました。「やっぱ胡散臭くて腹黒い。」と。←


騎士未満が還る日




ブラウザバックでお戻り下さい。