ぽん。と放られたのは、実に実用的なアーミーナイフだった。 ひどく疲れた顔をしたスザクが、それと、目の前にいる魔女を見比べる。 逆光で、魔女の顔などわからなかったがそれでも。 彼女が不機嫌な顔を浮かべていることだけは、気配で容易く察せられた。 かの生徒会メンバーをして、空気を読まないことに定評のある男という烙印を押されたスザクでさえわかる、魔女の不機嫌。 それが一体どれほどのものであるかは、推して知るべしというものだろう。 「ほら。それでやるといい」 見ていてやる。 静かに、淡々と、感情など一切込められていない声で、魔女は顎を杓った。 睥睨する視線の冷たさといったら。 「なにを……。君は、何を言って………」 「死にたいのだろう? 意義をもって、意味をもって、誰かのために。マオが言っていたそうじゃないか。父親を殺したことを誰にも責められず、隠蔽され、遠回りに許されてしまったお前は、罰が欲しかったんだと」 言葉に、哀れなほどスザクは反応した。 いつの日だったか、現れた長身の男。 スザクの心の、ひどく繊細で柔らかく未だ傷まみれの場所を蹂躙した言葉を吐いた男。 巻き込まれたナナリーを救出し、その場に居合わせたルルーシュはなんと言ってくれていたのだったか。 覚えていない。 「死ねよ。私が見ていてやる。誰かのために死にたいのなら、私のために死ね。私はお前の存在が不愉快だ。この数百年、うんざりするほど下種な人間を見てきたがお前はその最下層とほぼ同等だ。お前のような人間、生きているだけで不快だよ」 だから死ね。 だれかの為に死にたいというなら、私のために死ね。 私の明日のすばらしい目覚めのために、死ね。 「どうだ、私は優しいだろう? 無為に死ね、なんて言っているわけじゃあない。私の明日の目覚めの良さという理由を、ちゃあんと用意してやっているんだからな」 「違う! 僕は!!」 「違わないさ。お前は死にたかったのだろう? そのために、ナンバーズや名誉なんて使い捨てにされる軍にまで入って、自分の死に場所を求めていたのだろう?」 世界を変える気なんて、なかったくせに。 世界を変える、その意思の前に、死にたがりがあったくせに。 嘲る態度の魔女の喉元へ、腕が伸びる。 ぎし、り、と、軋む音を立てたがそれでも魔女は笑っていた。 「嗚呼なんて愚かなんだろうな、枢木スザク。お前は本当に死にたいのか? 死にたい理由を探して、どうして生きながらえることが出来るんだ。今のお前はともかく、アレと出会う前ならばもっと簡単に死ぬことが出来たじゃないか」 なんの装備もなく、ゲットーを巡回させられる下級兵。 文字通り、使い捨ての兵士なんて、いくら驚異的な身体能力を持っていても死ぬ機会はたくさんあったはずだ。 例えば、命令に背いてイレブンを助ける。 それだけで、反抗的だとして撃ち殺されることは出来たはず。 目の前で、イレブンも助けられたという夢も見られる、一石二鳥のはずだ。 もしくは、ゲットーでブリタニア軍が行う虐殺に対して上官に異議を申し立てる。 一応、軍は完全縦社会だがそれでも意見を言う権利を奪われているわけじゃあない。 守ろうとして、認められず、だがお前は"自分は出来ることを精一杯やった"、という夢を抱いて死ねたはずだ。 けれど、お前はそんなことをしなかった。 ルルーシュを助けたのは、民間人であると同時にお前の旧い知り合いだったからに他ならないのではないか? お前は本当に死にたかったのか? 無言ではなく、ただ、やさしくやさしく、許されたかっただけではなく? 「黙れ、黙れ、黙れ、魔女………!!」 「あっはははははは! なんだ、図星か? 童貞坊やというわけでもあるまい。わかりやすいな」 「それを許してくれないのは、ルルーシュだろう?!」 「………そうだな。あれは、お前に死んで欲しくなかった。自分のためにも、誰かのためにも、死んでなんて欲しくなかった。ただ、お前がお前として生きていて欲しかった。それが敵対の道でも」 だから、お前がシャルルにルルーシュを売ったことを私は咎めはしないよ。 お前はお前のしたいことを、しただけなのだからね。 非常に不快だが、咎めはしない。 「生きろ、か。なんともお前に相応しい罰じゃあないか、枢木スザク。いいや? もう罰ですらないか。帝国最強の騎士に名を連ねる男が、易々と殺されるなどブリタニアとしてもあってはならない。お前はもう、生きるしか道はない。なら、やはりそれはお前へのルルーシュからの贈り物だよ」 既にナナリーと、そしてエリア11にいる日本人を守るとお前はゼロに約束をしてしまった。 そんな男に、簡単に死なれてなるものか。 口の端を吊り上げて、息苦しさなど微塵も感じさせないほどに魔女は嗤う。 「それでも私は、お前に死ねと言いたいよ。私の目の前で、今すぐ死んでみせろと言いたい。理由なら私がやろう、私のために死ね。私の明日の目覚めのために死ね。死んで貰いたいくらい、お前の存在が不愉快だ」 お前の血で、私の手が汚れるなんて冗談じゃない。 死にたがりの血が、この不死の身体に触れるなんておぞましい。 死ぬならお前の意思で死ね。世界に、社会に、過去に、誰かに、自分の死の理由を押し付けるなよお子様。 「なぁ、私にはさっぱりわからない。教えておくれ、枢木スザク」 お前いったい、なにがしたいんだ? お前いったい、なにがしたかったんだ? ボキリと、魔女の首の骨が折れた音だけがやけに響いた。 *** 首の骨折られようと死ねませんけど、ね! C.C.様。 スザクは死にたがりで、でも死ぬことを欠片も選んでこないままデヴァイサーになってユフィの騎士になって生きる目的得ちゃったイメージがあります。……死にたくないのは生き物として当然だけど、そうすっとやっぱりこの人の存在に矛盾が……。 なんて考えさせてくれる素材なんだ、枢木スザク。だいすきだ。(複数の意味で |