どうしてだろうね。 震える彼女の声なんて、二度と聞くことはないと思っていた。 どうしてだろうね。 涙を湛える彼女の顔を、二度と見たくなんてなかった。 ねぇ、私、もうわかんないよ。 俺もわからないよ。どうして、何故、どうして、こんな。 「ねぇ、どうしてかな。ルル」 平穏に生きていられた日常を、壊された彼女。 無意識のうちに、気づかぬうちに、日常が当然だと思っていた彼女。 ブリタニア人の平和なんてそんなもの、流血の結果だということなど考えもつかなかっただろう彼女。 「ねぇ、ルル」 今日は、デートのはずだったのに。 キューピッドの日。 半強制的に恋人同士にさせるという、なんとも人様の感情無視した大イベントはロロの協力もあってそれなりに無事に終わった。 デートを立て続けにしなくても良くなり、体力的にも休息が増える。 学園のお祭り騒ぎで成立した恋人関係とはいえ、だからといってシャーリーのことを不当に扱う気はルルーシュには皆無だった。 彼女への罪悪感、それもあるだろう。 だが、それでも彼女や学園のみんなは愛すべき日常であり、好意的な感情を抱いていたのだ。 デートでもしようか。 誘われたのは生憎ルルーシュのほうであり、なにかが逆転していやしないかとリヴァルは笑ったがかまわないだろう。 二人は、平穏に、十代の学生らしく、否、十代の学生としてはいっそ違和感さえ覚えるほど健全なデートを楽しんでいた。 「あれ? 二人とも」 まさかそこで、オフのスザクと顔を合わせることになるとは、さしものルルーシュも予測は出来なかったが。 総督補佐という立場でありながら、長期間中華連邦という戦場へ身を置いていたスザクには書類という名の敵がうず高く積まれていた。 会議は連日続き、そのことに関する書類も増えていく。 また、ランスロット・コンクエスターの改良に余念のないキャメロット主任ロイドのために、KMFの起動実験も残されている。 合間を縫い、ナイト・オブ・セブンとして旧アフリカ周辺の武装集団弾圧という仕事もあり、スザクは折角復学出来た学校に通う暇もないほどの忙しさだった。 そのことをジノやアーニャから聞かされていただけに、シャーリーは純粋に彼が日常の町を歩いていることに驚かされたのだ。 対してルルーシュはといえば、予測の出来なかった事態ではあるが何故彼がここにいるのかは簡単に想像がついた。即ち、自身の監視。 ナイト・オブ・ラウンズと機密情報局は、完全分離をしてはいないとはいえ情報の行き来が極端に少なく、またスザク自身は自らの目しか信じないところがある。 ギアスという能力、そしてルルーシュの知略のほどを知っていれば当然のことかもしれなかったが、彼は全くではないにせよ話半分にしか機情の報告を信じていなかった。 だからこそ、自身の目で判断しに監視していたのだろう。 彼の身体能力ならば、尾行程度造作もないはずだ。それでも顔を現したのは、シャーリーのためもあるのだろうが。 「デート?」 「おかしくないだろ、恋人同士なら」 「えぇ?!」 「………シャーリー、なにもそんな慌てなくても……。嫌なら、別の言い方を考えるが」 「い、嫌じゃないよ?! 嫌じゃないけど、そんなあっさり………!」 「いいんじゃない? なんだか微笑ましいなぁ、ルルーシュとシャーリーって」 「うるさい。それよりいいのか? お前は」 「僕?」 「彼女の一人くらい、いるだろう? 帝国最強と謳われるナイト・オブ・セブンが同伴女性もなく社交界、なんて滑稽だからな。尽くしておく女性はいないのか? ってことさ」 「生憎と、遊んでくれるお姉さんやそういう場所に付き合ってくれる同僚はいるよ」 「ナイト・オブ・ラウンズ内でカップルか? なんとも物騒かつ戦力的に恐ろしいな。痴話喧嘩でナイトメアなんて持ち出すなよ」 「しないよそんなこと。失礼だなぁ」 「事実、アーニャ様は学園のお遊び企画にKMFを持ち出していただろうが」 「あー……、あれは本当にごめんね……」 さしものスザクも、お祭り騒ぎにモルドレットまで持ち出したアーニャのことは悪いと思っているらしい。 萎れた態度に、シャーリーとルルーシュの二人が小さく噴出した。 そのまま、視線でうなずきあえば彼女が元気よく手を伸ばす。 「今日、このままお休みなら一緒に遊ばない? スザクくんも」 「え、でも」 「いいのっ! ルルったら、デートコースきっちり決めすぎなんだもん」 「エスコートする上で、それは当然だと思ってたんだけどな」 「だからってなんで分刻み?! 聞いた?! スザクくん。こんなだったら、三人でいっぱい遊んだほうがいいと思うの」 溌剌とした笑顔を向ける彼女を一度見やり、それからルルーシュを見つめる翡翠。 仕方なさそうな、どこか釈然としない表情ながら、笑う彼女が認めるならばと首を縦にする。 「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」 「決まりッ!」 鮮やかに笑う彼女。 憔悴の色もなく、ただ楽しげに。 この時は、楽しかった。只管に、我武者羅に、楽しもうとしていたのか。 今となってはわからない。 ルルーシュは、夕暮れの色が嫌いだった。 二年前までは好きでも嫌いでもなかった。 けれど今は、嫌いになったと言っていい。 正確に言うならば、夕暮れと彼女という組み合わせが駄目なのだ。 心の優しい部分を抉り出し、身動きを封じてしまう。 責任を取ると、決めている彼女の記憶。生まれ変われたら、なんて、夢のような言葉だけれど。 それでも、記憶を失くしてただ"ルルーシュ・ランペルージ"と振舞えているこの間は、彼女には笑っていてほしかった。 向けられた銃口が、そんなものは甘えだと嘲笑っていたとしても。 「………シャーリー? どうしたんだ、そんな……。ほら、こっちに渡して」 震える声が、無様で滑稽。 向けられるに相応しいことをしたと、理解している。 我が名はゼロ。 世界の三分の一を占有する、ブリタニアへの反逆者。 彼女の父を殺した男にして、彼女の記憶を奪った者。 だが、それは忘れているはずだった。 自分のことだけではない、自分がゼロだと突き止めたこともなにもかも、彼女は忘れていたはずだった。 ギアス。王の力。 その異能をもって、彼と皇帝は彼女から手酷い事実を奪い取り、生温く偽りではあるものの平穏の日常を押し付けたはずだった。 だというのに、何故。 「わかんない。わかんないよ。でも、思い出したの。私。ルルが、ゼロだって。お父さんを殺した、ゼロだ、って………!」 震える銃口。 彼女自身さえ傷つける、彼女の言葉。 「ねぇ、スザクくんは知ってるんだよね。ルルが、ゼロだって、知ってるんだよね。ゼロを捕まえたから、ラウンズに入ったんだもの」 ねぇ答えて。 ルルは、ゼロなんでしょう? 私のお父さんを殺した、ゼロなんだよね。 「―――」 スザクは答えない。 斜め後ろから、沈黙を貫く彼にどうして! と叫ぶ声は悲痛なそれだった。 「〜〜〜〜〜っっ!! どうして私を蚊帳の外に置くの?! どうして私になにも言ってくれないの?! どうして私の記憶を持っていったの?! ルルみたいな、一人じゃ駄目な人は私じゃないと駄目なのに!!」 どうして自分を、巻き込んだの。 どうして自分を、巻き込んではくれないの。 叫ぶ彼女の声は、言葉は、矛盾している。だが、それが彼女の本心なのだろうことは容易に想像がついた。 巻き込まれたい。すきなひとのことを知りたい、間違っているなら、正しくしてあげるのが自分の義務なのだ。 恋をする少女らしい、ある種の傲慢。 巻き込まれたくない。父親を殺された、誰かが死んでいる、そんな事実は世界の事実としてあっても隣でなんてあって欲しくない。 日常を生きる人間らしい、ある種の傲慢。 彼女は被りを振るった。 栗色の髪が、乱れる。 「ねぇルル、どうして……? どうしてルルがお父さんを殺すゼロになんかなっちゃったの………?」 涙を浮かべる少女は、昼間明るくしていたのが嘘のように虚ろだった。 「ゼロなんかいなければ! そうしたら、もっと平和だったよ?! どうして?! ねぇ、どうして………?!」 彼女はブリタニア人だから。 同じブリタニアを恨む理由がわからない。 彼女はブリタニア人だから。 同じブリタニアを壊す理由がわからない。 彼女はブリタニア人だから。 この平穏が、どれほどの被害と悲劇のもとに築き上げられているのか自覚していない。 少し目を向けるだけで、迫害されているゲットーを含むナンバーズを、見ることも適うというのに。 「ねぇ、どうして………?」 たじろぐことも許さない翡翠の瞳が、少女と少年を捉えている。 受け入れろ、これがお前の為した罪だと。 冷静に冷徹に、スザクが腕を上げた。 「―――ッ! シャーリー!!」 「………え?」 「ごめんよ。でも、ルルーシュに関する記憶を戻った人間を、放置なんてしておけないんだ。僕は………ナイト・オブ・ラウンズだから」 ましてそれが、ゼロであるとも知っているなら尚のこと。 「やめろ! スザク!!」 「ルルーシュ。覚えておくといい。これが、君の―――罪だ」 ―――そして、銃声。 少女を撃ち殺す赤い色。 きらきらと輝いていたはずの瞳は、どうしたって疑問以外浮かべていない。 ねぇ? どうして? 今日はデートのはずだったのに。 *** ルルの記憶戻ったらナナリー殺せと小説版で言われてたんだから、ほかの人の記憶が戻ってしまったらやはり殺そうとするのかなぁ、って……おも………。 ・・・・・。 すいません!!(逃げた |