国の王として、決まっていた。
 国の王として、決めていた。
 いっぽ、一歩と、歩いていくのは緋色の絨毯の上。
 一度歩いたことのある、道の上。
 その先に待つのは、共に歩くひと。
 振り向くことはない。
 振り向いてはいけない。
 嗚呼、けれど。
 もう一度攫っていこうとしてくれたら。
 わたしはきっと、笑顔でその手を離せるわ。
―――あなたがいなきゃ。
 私はとても不幸だった。
 不幸に始まり、不幸に終わって、いた。

 涼やかな声に、微笑みかける。
 背が伸びた。
 髪も伸びた。
 神楽耶、はじめての友達の彼女。その彼女に協力するためにも、人民蜂起をしてくれたこの国、中華連邦の人々のためにも。
 ただ大宦官達に囲われて、難しいことはしなくてはいいという言葉に甘えないように。
 勉強をして、躓いて、その度に助けられて、前を向いて。
 この結婚は中華連邦のためのものであって、自身が望んだものでは決してない。
「天子様」
 涼やかな声は、いつだって優しく私を後押ししてくれるけれど。
 やさしい笑顔は、いつだって柔らかく私を包んではくれるけれど。
 そこに一片の恋がなかったことに、気づけたことは幸いだったのか。
 恋に夢を見て、恋をして、恋となる前に終わった恋。
「ねぇ、星刻」
 前を向いて。
 あなたを見ないように、まっすぐに。
 前を向いて。
 歩き出すのは、あなたと共にではない。
「私はあなたに相応しい宗主に、なれている?」
「えぇ。勿論です。あなた以上この国に相応しい方は、おられません」
「………よかった。これからも、よろしくね。星刻」
「勿論」
 確りとうなずいてくれる気配を感じ取れば、もうそれだけで満足。
 私はあなたと共には歩けない。
 私は宗主、あなたは宰相位にほぼ肩を並べる肩書きを持っていても、武官で。
 つまりは、戦場が違うわたしとあなた。
「大分前のことだけど。もう、黒の騎士団が乱入してこないといいわね」
「あれは……」
 思い返したのか不機嫌な空気をにじませる男に、小さく笑う。
 突きつけられた銃口の恐ろしさは既に消えていたが、その後、彼が必死になって守ってくれる姿は忘れようとしても忘れられないほど胸に刻み込まれた。
「永続調和の誓いを」
 す、と振り向かずに、背後へ指をやれば。
 絡ませられるのが、あの頃よりもっと無骨になり、皮の厚くなった武官の指先。
 外はもう見た。あれから、何度もこの朱禁城の外へ出た。
 外交のためであり、勉学のためであり。理由はさまざまだが、いつだってこの武官は傍にいて一番に守ってくれた。
「あの時の天子様との約束は、外の世界へお連れすることでした。今は、なにをお望みですか」
 静かに問いかけられる声が泣きたいほどに優しくて、嬉しい。
 胸を染める感情の名前は、もう恋ではなかったけれど。
「中華連邦に永続なる調和を」
「………それが、あなたの願いなら」
 一歩、踏み出す先が赤い絨毯。
 先には夫になるべき、男性。
 いつかの日と違うのは、ゼロの正体たる彼が神楽耶と共に来賓席に座っていることか。
 邪魔は入らない。邪魔など、させてはいけない。
 一個人の感情で、結婚なんて出来ない。
 それが、散々冷たくても豪勢な、孤独でも煌びやかな、隔離されても温室の世界で生きてきた者としての対価。
 清らかな星空の誓いを、傍にとどめて置く楔にすることを。
 愚かに思いながら、小指の先を折りたたんだ。



***
 天子さま、星刻達に時にはスパルタにされつつ立派な施政者になって欲しい。
 女であることは、捨てなければならないと思いつつ捨てられないジレンマ抱えてくれるほうが私としてはおいしいです。←    


小指だけはあなたのものなの




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