丁寧に丁寧に、ロロがルルーシュを拭いた。 やわらかいタオルで、丁寧に丁寧に。 くすぐったげにしながら、それでも彼は本来ならば血も情も通わない他人に好きにさせている。 笑顔は、かの妹の特権であったはずだが。 それさえ今では、違うらしい。なんという愚かさ。 君のナナリーへの愛は、所詮その程度なのだろうと。 唾棄する感情を、無理に塞ぐ。 「スザク」 「ジノ?」 「大丈夫じゃあなさそうだな」 「僕が? なに?」 「スザク」 「アーニャまで」 いったい僕がなんだというの。 困惑の瞳で問いかければ、二人はそれぞれ顔を見合わせる。 本当に、なんだというのか。 「ロロ。ちょっといいか」 「なぁに、兄さん」 タオルを借りて、柔らかく制服の上から上腕部を拭い笑みを見せる。 皇族、もしくは公爵など、高貴な身分にしか現れないという紫の瞳を揺らめかせて。 いとしげに笑う。 「兄さんのほうが、もっと汚れたのに」 「お前には、一点の染みもついて欲しくないんだよ」 仲睦まじく。 それこそ、ロロをナナリーに置き換えれば一年前だって八年前だって見ていた光景だ。 ナナリー。そしてユーフェミア。 近しい妹達を、溺愛していたルルーシュ。 今は、その姿を残しているのに何も知らないはずの愚かな少年。 「スザク。行こう」 「どうかしたの?」 「どうかしてるのは、お前。ああ、会長さん。私……、っと、俺達は」 「えぇ、ちょっとそうして貰えるかしら。せめて、ロロが落ち着くまで」 「ロロ? あの、彼が一体………」 「スザク」 視線で会話しあうと、ぐいぐい腕を強く引きながらジノは長躯を余すことなく使ってクラブハウスから同僚を連れ出そうとする。 事態を飲み込めていない翡翠色の瞳は何度も瞬かれていたが、此方を見ないジノが低く呼ぶ声に足を動かしだした。 「え、っと、ルルーシュ。それじゃあ……」 「そういえば兄さん。今日のジュースなんだけど」 「……フレッシュジュースを飲みたい、と言っていたのはお前だろう?」 「僕だけど、なにもわざわざオレンジを手絞りしなくたって」 「手でなんて出来るか! ちゃんと絞り機を使った!!」 「ジューサー使いなよ。もったいない……」 ちゃんとある文明の利器を、使うことを厭う人ではないでしょうと笑えば、少し拗ねた表情で兄が明後日のほうを向く。 「それじゃあ、俺の味にならないだろう。ロロには、ちゃんと俺の手作りを味わわせたかったんだ」 「………兄さん………!!」 ぱぁ、っと華やぐ顔に、拗ねた表情が少しだけ戻って笑みになる。 仲睦まじい兄弟がそろって見目麗しいとなれば、確かにため息さえ出てしまうだろう。 しかし、吐くため息はそれだけではない。 「……ルルちゃん、ロロちゃん。アンタら少しは自重しなさい。スザクもいるのよ? まして、ほとんどはじめましての二人もいるのよ?」 「だって会長。そりゃ、俺とスザクは友達ですけど。スザクだって、俺といるより古い友達と一緒のほうが楽しいよな?」 「―――僕?」 「知り合って、一年も無いうちにお前はラウンズになったし。付き合いだったら、そっちのほうがあるだろう?」 にこりと、笑みを向けるとまた弟の頭を撫でながら会話に花を咲かせる二人にミレイも最早匙を投げる。 「………そういや、なんでスザクとルルーシュがすげぇ仲良い。なんて思ってたんだろ、俺」 軍の仕事もあって、自分たちとスザクの共有する時間は短い。 ねこ祭りや男女逆転祭り、文化祭。 それらを一緒にやってきたとはいえ、それはブリタニア人が多いこの学園で馴染み辛いスザクに対する"気遣い"としての一側面があったのも否定出来ないはずだ。 シャーリーは、首を捻る。 どうしてルルとスザクくんが仲が良い、なんて思ったのだろう。 確かに、アーサーを助ける時に協力する二人は見ていたけれど。一朝一夕にも満たない時間で、何故二人はそうだったのか。 思い出せない。 「俺たちといるより、慣れているジノやアーニャといた方が気楽だと思ったんだが」 「流石兄さんだよね。ひとを気遣うことに慣れてる、っていうか、慣れすぎ、っていうか」 「ばか。お前を大切に想う気持ちは別格だよ」 笑いあう兄弟は、世界から隔絶され。 ルルーシュは、うっすらと、しっかりと、生徒会の面々とスザクを、確かに線引きしていた。 それがわかっていたからこそ、ジノが真剣な顔だったのだろうと遅まきながら理解する。 「ルルーシュくんと、スザクは、友達じゃないの……?」 「友達だよ。当たり前だろう」 美しく笑う。 八年前の別れがあったからこその、信頼関係。 それを自ら崩した枢木スザクに向けてやる笑みは、いっそ見事なまでに輝いていた。 「俺達は友達だよ。なぁ、そうだろうスザク?」 *** ルルの記憶が戻っていることは当然。 八年前のアレが無いルルーシュに、以前と同じ友情関係を持っていて欲しいと思うのは傲慢だろうよと思う。 |