手を引かれて、少し背の低い庭園を連れて行かれる。 連れて歩く彼女を、『母親』といった。 何故彼女がそうなのか、アーニャはわからない。 けれど、彼女は『母親』だった。 何故そうだとわかるのか、アーニャはわからない。 『母親』の歩調は、とても速い。少女どころか、幼女と呼んでも差し支えのないアーニャは引きずられるように走っている。 つかむ手の力が、とても強い。 不意に、『母親』の足が止まった。顔には出さないけれど、それでも肩で大きくする『娘』のことなど気にも留めないように『母親』はあれをご覧なさい。と、視線をやった。 長い黒髪を弛ませて、やさしく微笑む女性。 彼女のそばに少年がいて、それより更に奥に自身よりももっと色味の強い桃色の髪をした少女と亜麻色の髪をした少女が花冠を作って遊んでいた。 有り触れているようで、この国では奇跡に等しいような平穏の姿。 「あれが、なに?」 わからなくなって、アーニャは『母親』を仰ぎ問いかける。 けれど『母親』は答えず、口元に明らかに負の感情をともらせて「かわいそうねぇ」と甘い声で言った。 強くなった手の力が、とても痛い。 「アールストレイム夫人」 いつの間にいたのだろう。 やんわりとした笑顔を浮かべる女性は、とても静かにそこに立っていた。 青いドレスが、彼女の黒髪を映えさせている。 「………ッ、これはこれは。マリアンヌ様」 「私どもの離宮に、どういった御用向きでしょうか?」 「このアリエスの離宮は、本宮から少し離れていらっしゃいますでしょう? この子がどうにも迷い込んでいたらしくて。今ちょうど、見つけだしたところですの」 「まぁ」 違う。と言いかけた口は、強いなどというものではない力に圧され飲み込まざるを得なかった。 『母親』に捕まれた手が明らかに妙な音を立てる。 まさか折れてはいないだろうが、痛い。 息を呑んだ少女に気づき、膝を折ってマリアンヌは微笑んだ。 「こんにちは」 「………こんにちは」 「アーニャ。それだけでは、マリアンヌ様に失礼でしょう。もっときちんとご挨拶なさい」 「……あーにゃ・あーるすとれいむ。よんさいです」 「マリアンヌです。とても偉いわね、きちんとご挨拶が出来て」 「いえいえ。ちっとも笑わない、愛想のない娘で」 「こんな可愛らしいのに笑顔ばかりを浮かべていたら、たちまち大変なことになりますわ」 ねぇ? 微笑みを向けてくれる女性が、暖かくて。 そちらに近づきたかったけれど、痛いほどに握ってくる手は現実を忘れさせてはくれなかった。 彼女は、マリアンヌ。 手を握っているのが、『母親』 「ッッ! へらへらと、よく笑っていられますこと!」 「なんのことでしょう」 「流石、なんの遠慮もないマリアンヌ様ですわ。平民上がり風情が」 「わたくしの出自は、変えようのないことですから」 「………自分のッッ!!」 「アールストレイム夫人? その発言を、皇帝陛下が赦されたのでしょうか」 「………、申し訳ありません。失言でした」 「わかっていただけるのでしたら、かまいません」 目を伏せて、ゆるりと首を振れば、先と変わった様子などなかったけれど。 ほんの一瞬、喉元に切っ先を向けられた以上の重苦しいものが彼女から噴出されたのを。 アーニャは感じ取っていた。 「あぁ、そうですわ。折角いらしてくださったのですから。ルルーシュ!」 「……ッ、いいえ、マリアンヌ様。わたくし共はそろそろ」 「そんなこと仰らず。ご挨拶だけですから」 言って、『母親』のわめき立てる言葉も聞かず、こっちこっちと手招きするマリアンヌの傍に少年が寄っていく。 此方を見て、少しでも警戒したのは『母親』だと、思いたかった。 あの少年に拒絶をされると、きっととてもとても悲しくて辛いだろうから。 アーニャは、表に出さぬ思いを抱き、そっと前を見つめる。 にこりと浮かべる笑顔は、先ほど少女たちを見守っていた優しい笑顔ではなかった。 「はじめまして。神聖ブリタニア帝国第十一皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと申します。このような場で、夫人を御持て成し出来ぬことをお許しください」 言って、優雅に一礼をする。 流暢に喋る少年に、『母親』の顔が引きつった。 完璧な笑顔、分を弁えた態度、流麗な所作。皇族としての、パフォーマンスは完璧と呼んで良いだろう。 「ルルーシュ。私は夫人と少しお話があるの。アールストレイム嬢に、此方の庭をエスコートして差し上げられる?」 「わかりました。アールストレイム嬢、どうぞ此方に。今咲いている薔薇は、母のものなのですが美しいですよ」 促されるように、歩く。 白い服を着た皇子様の後を、アーニャはひよこのように付いていく。 庭は、いくらかのブロックに分かれて存在している。 中でも今いる庭は狭く、どこからでも中央の花畑の様子がわかる。それが、ルルーシュが快諾した理由だろうと歩きだしてすぐにわかった。 説明をしながら、機知に富んだ話題を投げかけながら。 それでも一瞬たりと、花畑から意識を逸らさない。 同じ年程度の少女たちが、笑っている花畑。 自分も、そこに入りたい。 あの『母親』の傍ではなく。叶わぬ願いとわかりきっているのに、願ってしまうのは彼女たちがあまりにも幸福そうな笑顔だからか。 「はい」 「え?」 「あまり、摘んではいけないと言われているんだけど。君はお客様だし」 一輪だけだから。 言って、差し出される薔薇の花。 そっと受け取れば、ルルーシュが笑った。 この笑顔を、あの少女たちはずっと見ていられるのだろうか。 そう思ったら、とてもとても寂しかった。 どうしてそんなことを思うのか、わからないけれど。 貰った薔薇が、悲しいくらい疎外感を感じさせた。 *** 実は、アーニャも本当はルルの妹で皇帝のギアスにより何故か他家に養子に出されていたが母親のつまらないコンプレックスにより無理やり連れてこられたとか。 そういう。(説明必須な話でサーセンorz |