十字の磔。
 かつて、イエス・キリストがされたこの拘束方法は、ただ両腕を殺すだけではない。
 両肩を長時間上げたままだと、肩の血流が悪くなる。
 血流の悪さはそのまま脳が酸素を取り込む量が少なくなるということで、抵抗力を奪いやすくなるのだ。
 いくら鍛えているとはいえ、カレンは十代の少女でしかない。
 当然、そんな態勢で長時間放置させられていれば眩暈と吐き気と貧血症状に陥ることになった。
 ぐったりと動けなくなったところで、拘束服でぐるぐる巻き。なんという扱いだ。
 物のように引き渡された時も思ったが、口にはしない。
 相手はブリタニアで此方は黒の騎士団。捕虜に対して丁寧な扱いをブリタニアに求めるほうが間違いというものだ。
 ルルーシュだったら、確実に気絶してるわね。
 内心で呟ける程度に落ち着いた理由は、他でもない。
 鹵獲された際の、彼の言葉である。
 必死だった、切実だった。
 あの、ゼロが。ルルーシュが。
 彼に迷惑をかけたいわけでも、彼の重荷になりたかったわけでもない。
 そうなりたくなど、なかった。それは、本心からだ。
 けれど同時に、嬉しかったことも確かだ。
 切捨てるだけではないという彼の言葉が、あの時だけの誤魔化しではないと教えてもらえた気がした。
「意外と元気そうだね」
 後ろ手に拘束され、リノリウムの床に放置された少女を見て。
 マントをつけた正式なラウンズの格好ではないとはいえ、パイロットスーツを脱いだスザクは白いラウンズ特有の制服に身を包んでいた。
 白い男だ、と、どこかで思う。
 ランスロットが白、騎士としての服もそういえば白かった。つくづく白に縁でもあるのだろう。
 自分が、紅を駆るように。
「おかげさまで」
 後頭部のベルトを外され、しやすくなった息に声をあげながらカレンは身を起こした。
 膝をついて座る態勢のスザクは、そう。と頷く。
「君に聞きたいことがあったんだ」
「したけりゃ殴れば?」
 暴力を振るわれようと、喋る気は無い。
 まして、問われて答えるなど愚かしい真似するはずも無い。
 間髪入れずに答えてやれば、ぴくりと眉が動くそれに面白いと思ってしまった。
 なんて素直なのだろう、この男は。わかりやすい。ルルーシュとは大違いだ。
 否、ルルーシュもわかりやすい。
 彼は平穏に帰りたいだけだ。それは、すべてが終わった時に学園へ共に帰ろうと言ってくれた言葉でわかった。
「暴力を振るいたくはない」
「ブリタニアがよく言うわ」
「僕は、」
「名誉ブリタニア人でしょう。枢木スザク、アンタは」
「………」
 アンタは日本人じゃない。
 それだけは認めない。強い視線で言い切れば、握られた拳が震えていた。
 嘆息をついて、話題提供を手伝ってやる。
 そもそも、自分とこの男は殺しあったか学園で騙しあっていたかしかないため、ロクな話題も思いつけず結局無難なものとなったが。
「……ニーナ」
「え?」
「ニーナも、元気そうだったわね。ある意味で、だけど。学園は、いつも通り?」
「どうだろう。僕もつい最近、復学出来たばかりで」
「あっそ。良かったじゃない」
「……君のことはなんとかならないか、会長が心配してたよ。シャーリーも、リヴァルも、………ルルーシュも」
「へぇ……」
 どの面さげて、言ったのだろうと興味がわく。
 きっと、自分などより余程良く出来た特大猫を被って少し目を伏せながら言ったのだろう。
「優しいわね、みんな」
「本当だよ」
「シャーリーなんて、お父さん殺したの私みたいなものなのに」
「カレン!!」
「なによ」
 事実だわ。と、言い切る瞳の力はやはり強い。
 ナリタでの攻防戦、その最重要であった人工の土砂崩れを引き起こしたのは紅蓮弐式でありつまりはカレン自身だ。
「……そういうことを、言うものじゃない」
「やったことを認めないで、どうしろってのよ。私は、私の望みのために人を殺したわ。たくさん」
「でもそれはゼロが!」
「ゼロを貶めることは許さない! 枢木スザク!!」
 厳しい声に、軍での罵声や怒声で慣れていたはずのスザクの背が跳ねる。
 許さない。言葉は正しく威力を放ち、カレンを伏した獣とさえ見誤らせる。
 無論、スザクとて長くを軍に生きる身だ。
 気圧されたのは、ほんの僅かに過ぎない。彼女は拘束服で動けず、自分の権限で殺すことは出来ないにせよいくらでも何でも手段はある。
 だが、一瞬でも気圧されたという事実がスザクになにもさせられなかった。
「なんでもかんでもゼロ、ゼロ、ゼロ!! アンタいい加減にしな! やった責任を自分で負おうとして、なにが悪いの?! 私はシャーリーのお父さんを殺した、アンタと殺しあった、ブリタニア軍を壊滅させるために動いた!!」
 それは、紛れも無い事実だと吠えれば。
 白い騎士は被りを振るう。
 被りを振って、けれどと語を繋いだ。
「ゼロの言葉は、大衆を煽ることを熟知している」
「ハッ! ゼロの言葉に乗せられて動いた、って? だとしても、動いたのは私だわ。乗せられたことに気づかなかった、愚昧だったのは私だわ」
 だから、あの日。
 ブラック・リベリオン最後の日。
 彼に背を向けて、自分は逃げ出した。
 考えれば、ゼロは、ルルーシュは、一度だって、日本を解放するだけで話を終わらせなかったのに。
 自分たちの終着点にばかり眼がいっていて、彼の話を最後まで本当の意味で聞いていなかった。
「カレン、君は、そこまでゼロに忠誠を誓う心が強制されたものだとしても、同じことを言えるのかい?」
「それがアンタの切り札? やっす。なにそれ」
 冷ややかな瞳で言ってくるそれを、一笑に伏す。
 ギアス、絶対遵守の王の力。
 不思議で特別で、孤独を連れてくる力。
 自身には、C.C.のように理解を深めることは出来ない。
 それでもわかることは、いくつもある。
「知っている? スザク」
「………なにを、なにを知っているっていうんだ。カレン、君は」
「騙され続けていようが、永遠に嘘であろうがね。それが貫き通されて、一生モノになれば、それって真実と同じことなのよ?」
 一人の一生ではなく。
 世界の一生を、貫き通した嘘を。
 今のルルーシュならば、ついてくれると。思った。願った。
 騙し通して、欺き通して、嘘をつき続けてくれると感じられた。
 だからカレンは、笑える。誇らしげに、高らかに。
「そんなの、間違ってる……」
「世界に正しさがひとつだけなんて、あるわけないじゃない」
 あなた生きてきて今まで、なにを見ているの? なにを見てきたの?
 哀れみながら、嘲りながら、緋色の花は高らかに厳かに微笑みかける。
 翡翠の瞳が瞠目より後、此方に溢れんばかりの殺意を向けようと。
 揺らぐことのなくなったこの心には、もはや届かない。



***
 そうだよカレン捕虜になったんだから、この二人で会話させられるじゃん。と思いました。今更。
 二期のカレンは、ゼロだけではなくルルも心配してくれているのでうれしいです。


白い部屋、中央には紅色の薔薇を




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