蜃気楼が堅牢な城ならば、モルドレットは備えられた大砲だろうか。 暁と残月が、晴天を凄まじい勢いで飛行する。 混戦になれば、蜃気楼やモルドレットの広域殲滅攻撃は使用頻度を急激に狭められる。 ただ地上戦をすれば良いというわけではない。 空中のKMFや戦闘ヘリが墜落すれば、被害をこうむるのだ。 そのため、広範囲の無差別攻撃は自粛するだろうと誰もが思っていた。 ただ、ジノ・ヴァインベルグと枢木スザク。それに、戦闘空域より外れた所に浮かぶアヴァロン内のシュナイゼル以外は、という前提がつくが。 ゼロでさえ、一度はモルドレットを前線から引かせると思っていたのだ。 「アーニャ・アールストレイム! 私の指示を聞け!!」 「聞いてる。でも、私がしたほうが早い」 「貴公のKMFの威力は、私とてよく知っている! だからこそ、一度引けと言っているんだ! 藤堂やC.C.達は兎も角、陸戦部隊に落下する残骸を避けて戦闘を続行する技術力は無い!」 随分な言い草であったが、そのとおりのため罵声はひとつしか飛んでこなかった。 無論、はじめから聞き流す男であったので耳の中には欠片も入ってきはしない。 「……黒の騎士団のパイロット、へたくそ?」 ジノやスザクならば余裕だと言えば、一般兵士とラウンズを同列で並べるのか? というゼロのもっともな言葉が返る。 それで、彼女はよくわかったとばかりに納得して見せた。 フェイスウィンドウで、頷くところまではっきりだ。 『アーニャ!!』 苛立ちと困惑を隠せない声は、蜃気楼へ何度か飛び掛ろうとする度にハドロン砲の掃射を浴びて近づけないスザクによるものである。 ランスロット・コンクエスターはスピードと火力が重視されている。加えて、スザクの動体視力もあり近接戦闘に強い。 だが、オールマイティというのは得てして特化型に弱い。 ヴァリスをチャージする時間は無い、コア・ルミナスによる体当たりは事前にロイドからの説明により蜃気楼のシールドを突破出来ないことは理解していた。 距離を詰めようとすれば、モルドレッドの単体でありながら仕掛けられる波状攻撃に回避を余儀なくされて無理。 ジノがいれば、まだなんとかなるかもしれないが彼は現在紅蓮弐式を押さえ込んでもらっていた。 ギルフォードは藤堂と相対し、それ以外の戦力も黒の騎士団の面々に足止めをされ動けない。 動けるのは現在、自分だけという状況に歯噛みをした。 『スザク? 私に御用?』 オープンにされた声音は、あまりにも平坦だった。 平素、変わらぬそれに、けれどスザクはぎしりと強く操縦桿を握り締めざるをえない。 またこんな卑怯な真似をするのか。 "彼女"を操った汚い力で、また奪うのか。 『お前は卑怯だ! ゼロ!!』 吼える声に、蜃気楼内のルルーシュが背を震わせる。 卑怯だ、汚い、生きていることが間違い、生まれてきたことが間違い。 生まれてこなければ良かったのだと、向けられる銃口と共に発せられた言葉は、未だ胸に残っている。 引きずり出された皇帝の前、思い出さえも奪われた。 そうまでされて尚、足掻く自身は本当に救えない、と―――。 浮かべる表情は、砕けそうなほど脆かった。 「私が卑怯か」 『ああそうだ! どうせまた、騙して、操っているんだろう?! あの時みたいに! 僕のように!!』 「………なんの話かな。枢木スザク」 『ゼロ!!』 迫るランスロットの剣を、ルルーシュが防ぐよりも早くモルドレットが身を盾にして立ちはだかった。 アーニャ! もう一度叫ぶ声に、呼びかける声はひどく静かだ。 『ゼロが、なに?』 『………え?』 『ゼロが、スザクを騙したの?』 『そうだ! そして、ユフィを殺した!!』 自身で言うことにさえ、傷つくのだろう。 激情のままに振るわれる剣は、けれどモルドレットの頑健なシールドの前では意味をなさない。 一度離れれば、ヴァリスを構える白の騎士……。否、白い死神の姿があった。 『じゃあどうして、ゼロは傷ついてるの』 『―――ッ! 傷つく心なんて、ゼロが持っているはず無いだろう……ッ! 君は操られてるんだアーニャ! ゼロの……』 言いかけて、続く言葉は回避運動により立ち消える。 暁の機動力では大した効果など見込めなかったが、それでもほんの僅か。黙らせることに成功した魔女は、すぐにその場を離脱する。 機体性能の差など百も承知。ならば、のうのうと同じ場所を飛ぶなど愚の骨頂。堕とされる気など、皆無だ。 『わたし、操られてるの?』 『そうだ! だから、アーニャ!』 『それでも、いい』 『………どうして?! いや、それもお前の力か! ゼロ!!』 『スザク』 『………ッ!』 なにがどうあっても、ゼロにもっていきたいスザクに対し、話かける少女の声は戦場であることを忘れさせそうなほど、静かだ。 眩暈がするほどに。 『あなたはどうしてそんなに、ゼロが嫌い?』 『テロリストを好くなんて、馬鹿げてる! 変えたいなら、中から変えれば良い。戦争を起こしたって、なにも変えられない!』 『あっちこっちに、侵略戦争をしているのはブリタニア。世界は、変わっていない?』 少なくとも、変わっていると思うのだけれど。 言葉に、通信回線を開いているアヴァロン内でシュナイゼルが苦笑した。 確かに世界は変わっている。 戦争という、外側からの力を使って世界を変えようとしているのは、黒の騎士団よりもゼロよりも、ブリタニアだろう。 楽しそうに笑っていれば、傍らのニーナがラウンズの皇族批判ともとれる言葉に卒倒しかけていた。 無論、このひどく可笑しなやりとりに聞き入って大抵の者は彼女の様子を気にも留めていないが。 『だからって!』 『国際条例には、亡命と難民の人権は認められている』 ルールに則ってる。 言えば、ゼロの間違いは正さなければならないという切実かつ必死な声。 『ゼロ! アーニャのギアスを解け! 彼女に仲間殺しをさせるつもりか?!』 「既にアールストレイム卿は、ナナリー皇女殿下を無言で連れ出し黒の騎士団へ連れ込んだという事実がある。そんな人物が、軍に戻れると思うのかね」 『第一、身内殺しはアンタに言われたくないねぇ!!』 遥か上方から、躍り出るように異形の腕を伸ばしてくる赤い機体を、遮るのが可変型KMFトリスタン。 幾度目かの仕切りなおしなのだろう、それぞれに距離を取る姿は、このいくらもしない時間のうちにすっかり慣れているようだった。 『なぁアーニャ。なにがあって黒の騎士団にナナリー皇女殿下を連れて行ったんだ?』 『ジノ!』 『スザクだって、気になるだろ?』 なぁなぁ教えろよ。私にはどうしても、お前がそんな行動的に出た理由がわからないんだ。 明るい、けれどその実真に迫る声に、アーニャはぎゅう。と胸の前を掴んだ。 『……ナナリー皇女殿下のそばにいると、あったかくなる。私は、それを守りたい』 そのためならば。 言外に告げるのと同時に、ミサイルの射出口が全開になる。 空域にいるのは、量産型もふくめほとんどが第七世代KMFである。ただのミサイルなど、ものの数ではないだろうが無意味とも言い切れぬのは確かである。 『そうやって、また僕から奪うつもりか、ゼロ……。ユフィや、ナナリーや、仲間まで!!』 『ありがとう。スザク。でも、そうやってあなたも奪ったはず』 『アーニャ?』 『ゼロから、ゼロを奪ったのは、皇帝陛下にゼロを売ったあなた』 一個人から、パーソナリティを奪うということは、罪ではないのかと。 平坦な声音が告げる。問いかけるのではなく、ただ、事実を事実として。 『自分は、奪われるだけ? 私も、スザクも、ジノも、たくさんエリアを作って平定した。それは、たくさんのエリアから人の命と残されたエリアの人の平和を奪ったことじゃない?』 問いかけに、返る答えはなかった。 代わりに、ジノが薄く笑いながら違いない、と返す。 理解したうえで踏み躙り、承知した上で成すからこそのナイト・オブ・ラウンズだ。 ただ安穏と惰眠貪っていられるほど、ブリタニアの階級社会は優しく無い。 『僕は………ッ!』 四方からの攻撃に、身を翻し、もしくは撃墜していく。 その間に、また『脱出していなければ、ひとの命を奪っていた』とかかる声が静かで背筋に冷たい汗が走る。 ヴィンセントにより詰められた間合いが、トリスタンによってまた開く。 彼に集う、力がまた増えた。 『私がナナリー皇女殿下を守っていたのは、一年くらい。その一年の間、少なくともるるーしゅからななりーを奪っていた。その原因は、あなた』 『?!』 この場で、絶対に耳にしない名前を聞いて、スザクが息を呑む。 カレンと、聞こえていた藤堂、そしてシュナイゼルの其が己の場所で反応を示した。 『まもるって、きめているの』 『黒の騎士団総員、ポイントC-2までルートデルタを使用し三十秒で所定位置まで撤退! モルドレッド、ヴィンセント両機!!』 『わかってる』 『はい!!』 年若い声と共に、一斉に離脱していく黒の騎士団をブリタニア軍も追おうとするが、モルドレッドの一斉射撃と周辺に浮かぶ機影を撃ち落としていくヴィンセントの張る弾幕によってブリタニア軍の足が止まる。 きっかり八秒の後、それぞれも独自ルートで撤退をする頃には、もうもうと上がる水蒸気でファクトスフィアの解析も無意味に思われるほどの惨状だった。 ここで追撃すれば、無論のこと黒の騎士団に迫ることは可能だろう。 だが、シュナイゼルは認めずに撤退命令を下す。 『あ〜あ。またあの赤いのと勝負つけそこなった』 残念そうにつぶやくジノの隣に浮かぶ、ランスロットからは沈黙しか帰ってこない。 仕方なさそうに、彼は笑った。 再戦の機会は、いくらでもある。 その間に、答えを得ることは出来るだろう。いくらでも。 『………戻ろう、ジノ』 『はいよ』 晴天のもと、答えのない戦争は続いていく。 天秤は、果たしてどちらに傾いているのか。 気づいた時には、誰も以前の世界がわからない程に変わっているのだろう。 無限上昇の果てに、なにが待っているかなど。 今のこの世界の誰も、知らないに違いない。 *** 世界最高峰の守備力を誇るKMFに乗っていても、わらわらと助けられに入るルルが書きたかったのでした。 しかし、バトルシーンへぼいにもほどがあってすいませんorz KMFバトルは、やはりアニメが一番だよね……。 というわけで、連載完結です。番外編ネタ思いついたら、なにか書きたいなぁ。(笑 |