ナナリーに、ゼロは絶対に危害を加えない。
 そうと告げても、アーニャは少女の傍を離れず四六時中を共にすごしていた。
 もともと、要介助が必要なナナリーだ。
 誰かが傍にいることを、苦痛に思うタイプではない。
 彼女が気にしたのは、傍についていてくれる淡紅色の少女のことだった。
「私にずっと着いていらっしゃるから、お休みになられているかもはっきりわからないんです」
 困ったように相談するナナリーに、C.C.とカレンがそれぞれ顔を見合わせた。
 斑鳩の甲板に、パラソルとテーブルセットを出して女性三人顔を突き合わせ相談しあう姿はかなり見目に良い。
 話題の主である少女には、ナナリーが頼み込んで頼み込んで自室で待機してもらっていた。
 妥協策として、カレンとC.C.しか甲板に出さないというのはある意味正しいだろう。
 男性陣がいたら、どんな鬱陶しい視線をかけてくるかわからない。
 視線だけで済めば良いが、下手に可憐な皇女に劣情を抱いた男がいれば確実にゼロが殺す。
 予測どころかそんなことになれば、確たる未来が口をあけて待つことになる。
 まさか、首領自ら団員を減らすことをさせては士気に関わるだろう。
「ですから、あの、お二人からもアーニャさんにお休みになるよう言っていただけませんか……?」
 自分からも無論言ったけれど、それは直ぐ様『皇女殿下は気にしなくて大丈夫』と肯定も否定も貰えなかったとナナリーが困った様子。
 そう言われても。というのが、カレンの素直な感想だった。
 中華連邦での式典の通り、彼女にはあまり良い感情を持たれていない自信がある。
 確かに、自分とて紅蓮弐式を踏まれたら良い思いはしない。
 むしろ怒り狂う。輻射波動でギッタギタだ。
「………C.C.」
「なんだ」
「アンタ、言ったら」
「ほぉ? 私からでいいのか?」
 言外に、魔女の口の悪さを知っているだろうという言葉を吐けば。
 あの手のタイプに、口の悪さはちょっとやそっとじゃ通じないわよと切り替えされた。
 なかなか強かにしなやかになった彼女に、魔女は口の端に笑みを灯す。
「いいだろう。他ならぬナナリーとカレンからのお願いではな」
「ちょっと!」
 誰がお願いなんて可愛らしいものをしたかと食ってかかれど、女は気にした様子もなく黒衣に映えるライトグリーンの髪を揺らして立ち上がった。
「嗚呼、報酬はLサイズのピザ二枚で良い。やさしいだろう? 私は」
「この蓬莱島のどこにデリバリーしてくれるピザ屋があるってのよ!!」
 早く行け、と、吼える彼女に指をひらと振り替えすことでのみ答える。
 背中にかかる声は、なんともバリエーションに満ちた罵声だった。

 甲板からその足で、アーニャとナナリーの部屋へ向かう。
 出来るだけ可愛らしい彩で揃えられた室内は、表向きカレンの配慮となっているが実際はゼロである。
 部屋のいたるところに、簡易ではあるがバリアフリーを設けた資金の注ぎ具合でそれがわかる。
 ノックもなく、エア・ドアを開いて入ってきた魔女に少女は赤い瞳をちらと向けたが何用か尋ねない。
 沈黙がしばし流れたが、それも『ナナリーが心配している』の一言で携帯から顔をあげさせれば後は魔女の独壇場だ。
 一頻り、彼女の心配事を語ればほう、と息をつく。
「………それで、来たの」
「嗚呼。ナナリーが心配なのはわかるが、お前が心配をかけてどうするつもりだ?」
「………」
 言葉は、正鵠を得ていながら非常に不本意だったのだろう。
 顔を歪めれば、仕方がないとばかりにC.C.は肩を竦めた。
「口は堅いな。アーニャ・アールストレイム」
「なに、」
「面白い話をしてやろう。……この黒の騎士団はな。元々、ナナリーのものだ」
「………なにそれ」
 ぼす、とベッドへ乱暴に腰を下ろすC.C.に、アーニャは胡乱な様子を隠すことなく視線を注いだ。
 けれど、構うことなく言葉通りだと笑う。
「ナナリーのための、黒の騎士団なんだよ」
「………ゼロは、ナナリー皇女殿下の親しい人?」
「さてな」
「でも、皇女殿下は」
「嗚呼喜ばない。あの男は、無駄に頭が良い。頭が良すぎて、本質を見失ってしまった。その結果が、ゼロとは手を組まぬというナナリーの結果。まぁ、アイツはそれを受け入れた。認めた。だが、それでも」
 最初は、ナナリーの為だった。
 すべてが、ナナリーの為だった。
 ナナリーの為の黒の騎士団、ナナリーの為のゼロ。
「………ゼロの、お名前は?」
「それは私が言って良いことじゃない。ま、お前も少しは考えごとをして頭も体も心も休めることだ。何度でも言おう、お前の行動は間違っていない。ブリタニアにいてナナリーが殺される危機があるというなら、この黒の騎士団はどこまでもナナリーを守る真綿のベッドだ」
 言って、ぽん。と、母猫のような優しさと強さで、C.C.が淡紅色の髪に手を乗せ撫でようとして―――、
「―――?!」
「な………ッ?!」
 意識が、引きずり込まれる。
 極彩の嵐、入り乱れるパルス、額が熱い。
 息もつけぬ激しさが、身を襲う。
 それは、アーニャも同じだった。
 ガタガタと身体が震えて、仕方がない。
 脳裏に次々と溢れてくるのは、少年、少女、美しい女性。
 みんなわらっている。
 みんなたのしそう。
 満面の笑顔で、わらっている。
『―――、ななりー、そんなに走っちゃ、あぶないんだから!』
 ゆーふぇ、みあ、様?
『そうは言うがユフィ! お前も走るな! あああ―――! お前は運動神経は悪くないくせに、どうして何もないところで転ぶ!』
 こーねりあ、様。
『だって、コーネリア姉上、もう、僕だって、ナナリーを追いかけてへとへとで』
『お兄様、へろへろですか?』
 ななりー皇女殿下
『だ、大丈夫だよ。ナナリー』
 たのしそう。
 うれしそう。
 しあわせ、そう。
『アーニャ、どうしたの?』
 わたし?
『そんなに面白かった? 僕は頭脳労働専門なんだから……』
 じゃあ、うごくのはわたしがする。
『アーニャ?』
『ルルーシュを、まもるのはわたしがする』
 騎士じゃなくていい。
 傍にいて、まもるの。
『ナナリーも、ルルーシュも、まもるのはわたし』
 だから、
 わらっていて。そうやって、ずっと。
 お花に囲まれた、やさしいやさしい皇子様。
 向けて貰った笑顔を、とっておけないことが残念だった。
 嗚呼、そうだ。
 携帯電話のカメラ機能に凝りだしたのは、小さな頃。
 笑顔をとっておきたかった、おさないわたし。
 溢れかえる記憶の波に、アーニャはついに意識を手放した。
 這いずるように、C.C.がなんとか身を起こそうとする。
「どこまで卑怯な真似をしてくれるんだ………ッ! シャルル、V.V.………!!」
 崩れ落ちた魔女の罵声など、遥か遠くでは届かない。
 限界を迎えた彼女もまた、意識を手放した。
 どちらとも知らず、ひとつの名前が静まり返った部屋に響くことなく消えた。
 それは、女の共犯者の名前にして、少女の幼い陽だまりの名にして。
 ゼロの、本当の名前だった。



***
 だってまさかこんな本編動くなんてry
 とりあえずあと一話か二話の予定です。


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