事情がわからないのだと。
 甲板に程近いそこに、テーブルを出して座る姿はゼロさえいなければ華やかで見目麗しいことだろう。
 ゼロとて、その仮面をとれば華の言葉さえ色褪せる容姿だが、少なくとも彼はブリタニアから逃げてきたというアーニャの前で仮面をはずす気は更々なかった。
 首領の斜め後ろにカレン、席につくゼロ、斜向かいにはナナリーが医療用車椅子から柔らかなクッションを敷き詰めた椅子に移っている。
 彼女を連れて逃げてきたと言う淡紅色の騎士は、すぐに動けるようにか立ったままだった。
 なお、C.C.はどこからともなく引っ張り出してきた椅子に寛いでいるが誰もなにも言わない。今更である。
「実際は、どうして私がここにいるのか。ちゃんと理解出来ていないんです」
 申し訳ありません、と謝りながら、それでも事態を認識することを最優先するようにナナリーは口を開いた。
 父が殺そうとしている。
 理由がわからない。
 スザクが殺そうとしている。
 もっと理由がわからない。
 けれど、アーニャが自分を連れ出すことに嘘があるとも思えない。
 ブリタニアの皇族の末席を汚すようになってから、護衛としてついていてくれた彼女との付き合いはそれなりに長い。
 そうとなれば、人となりもなんとは無しに察することが出来る。
 態々危険の渦中に放り込む人間ではない。そうするだけならば、黒の騎士団に連れてくるような真似をしなくともグゥイネヴィアの元やカテリーナのもとへ自身を放り込めば良い。
 それだけで、あっさり謀殺出来てしまうであろう自身の肉体的の弱さや後ろ盾の少なさを彼女は理解していた。
 だから、本当に事情がわからないのだと。
 申し訳なさそうに、まずはそれだけを告げねばならぬとばかりにゼロへ向かいナナリーは言った。
「どうみる? ゼロ」
 椅子へ体重を預けたややだらしのない格好のC.C.が、一通り彼女の主張を耳にした後視線を投げる。
 金色の瞳は、面白そうなものを見る姿勢であり、しかしブリタニア側に対して警戒をとる色も宿していた。
「ブリタニアへの、連絡は」
「無理。皇女殿下が使っている電動車椅子にはGPSがついてるけど、それは本国。私のモルドレットも、通信機器は全部オフにしてある」
 調べてみれば、わかることだとアーニャが淡々と告げる。
 あとは、これくらい。
 手元の携帯電話を示すが、それを手から離すことは無かった。
「スザクたちからの着信は、一応拒否してある」
「一応、ってアンタ……」
「それでブリタニア側へ、連絡を取らぬ保障が無い」
「………これは、駄目」
「ほう?」
「これは、記憶だから。駄目」
 たいせつな記憶だから、これを手放すことは出来ぬと強固に首を横に振れば。
 そっと、椅子の上から後ろ手に少女が腕を伸ばす。
 触れあえば、アーニャの面がわずかだが綻んだ。
「あの、携帯電話はアーニャさんのとても大切なもので、私もいつか、中のお写真を拝見させていただくお約束をしているんです。私からもお願いします、アーニャさんの携帯電話は……」
 取らないであげてください。
 お願いします、と、頭を下げられればどうしようもない。そもそも、ゼロである前にルルーシュの彼が最愛の妹の願いを叶えないなどありえないのだ。
「わかりました。しかし、せめてジャミングくらいはつけさせてもらおうか」
「それは、中のデータ壊す?」
「そうならない装置くらい、作れるだろう。我々の技術開発部は、大したものでね」
「ふぅん」
 言うものの、然程興味はわかないのだろう。
 携帯が取り上げられないと知れば、一応の安堵を見せた次の瞬間には淡々とした表情に戻っていた。
「あいにく、この蓬莱島にせよ斑鳩内にせよ、賓客を御持て成しするだけの用意はない。どこか一室を空けて、そちらにひとまずご滞在いただくことになるが」
 かまわないかの問いかけに、ナナリーはあっさり首を縦にする。
 寧ろ、ここ一年の皇族としての暮らしは身に覚えがあれどしっかりと肌身に浸透するものであったか疑問なのだ。
 兄に守られてきた、この十年に近い年月を彼女は少し裕福な一般階級の少女として暮らしてきていたのだから。
「カレン。近いうちにお前の部屋に移すことは……」
「無理よ。私だって千葉さんと同室だもの」
 あくまでも、蓬莱島は本当の日本を取り戻すための布石であり仮宿でしかない。
 逃れてきた一般市民も含め、余裕などそうは無いのが現状だ。
 それは、黒の騎士団初期メンバーである幹部たちや四聖剣にもいえる。もっとも、そこに将軍としての藤堂や扇、専用ベースを持っているラクシャータや本来であれば日本最高位の神楽耶などは適用されないが。
「私は別にかまわないぞ、ゼロ。ナナリーとは知らぬ仲でもないしな」
「それこそ却下だ。お前と皇女殿下を同じ部屋になど入れておけるものか」
 第一、俺とお前が同室だろう。
 嘆息まじりの言葉に、鬼の首でもとったかのような女と面食らう少女二人。
「え……」
「え……?」
「あ、いえ、あの、すみません! C.C.さんと、ゼロはそういったご関係で……! すみません、私ったら……! もしかして、私がC.C.さんに折り紙を教えていただいている間にお二人のお邪魔をしてしまっていたのでは……!」
「……二人は、恋人?」
「なっ! 違うのよ、ナナリー!!」
「その通り。この女は、私の共犯者というだけですよ。恋人などと……」
「百歩譲っても、ごめんだな」
「それは俺の台詞だ! まったく……」
 何故、現状の指針を決めるだけでこうも脱線するのだろうと仮面の上から指先で額を押さえればカシャリ。と音がした。
 嫌々視線をむければ、携帯カメラを構えたアーニャの姿である。
「……これも、貴公の言うところの記憶ということか?」
「そう。ブログ更新出来ないから、せめていっぱい撮っておく」
 かしゃり。
 再度、シャッターが切られる。
 もはや言葉も失って、ルルーシュは好きに撮らせることにした。どうせ、この後すぐにラクシャータのもとへ連れて行くのだ。
 もしもジャミングが中のデータに影響が出るようであれば、バックアップを取らせれば良い。ハッキングをして中身を確認する時にでも、今の画像は消去しよう。
「……ゼロ」
「なんだ」
「まもってね」
 私は、自分くらい自分で守るから。
 ナナリー皇女殿下を、守ってね。
 皇帝陛下から、スザクから。
「守ってね」
 約束。言って、携帯カメラを向けられる。
 揺らぎの少ない視線よりも、さらに無機質の眼が向けられれば、ゼロは手を伸ばした。
「守ると誓おう。必ず」
 そう、人に言われるまでもない。
 彼女を、ナナリーを。守るのは、もうずっと幼い頃から自分だと決めていたのだから。
「証拠」
 かしゃ。と、音があがる。
 今の画像は、残しておいてやっても良い。
 心中で、ルルーシュは失笑した。



***
 アーニャのブログは、とりあえず更新ストップ。でも、写真を撮るのは自重しない。(笑
 ナナリーは現状が実際はわかっていないまま、そのあたりは唐突に来られたルルもですが。 


penerant




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