蓬莱島は、騒然としていた。
 理由は、先の発言だけが原因ではない。
 エリア11の総督が、この蓬莱島にいる。
 それだけで、日本人がおびえるには十分だった。
 特区日本という発想は、そのまま虐殺皇女・ユーフェミアを彷彿とさせる。
 ユーフェミアもまた、人殺しとは無縁に思われた少女なだけに、ナナリーも見た目と性格が一致するものではないと思われていたのだ。
「………ゼロ」
 どうするのだという重苦しい声は、藤堂からである。
 しかしルルーシュとて、どうすれば良いのか迷っていた。
 そもそも、誰から守ると?
 皇帝はわかる。ナナリーがいくら自分の意思でエリア11総督に就任したとはいえ、彼女の意思をそちらへ誘導することは存外容易いであろうことを冷静になれば思い返すことが出来る。
 例えば、自身を探すための方法として誰かから(それこそ、シュナイゼルでもスザクでもいい)提案される。
 どのような状況になっていようと、エリア11のメディアに映ればそれだけで一先ずの生存と現状を問答無用で教えることが出来る。
 ランペルージを名乗っていた自分たちにも、一応の国籍やパスポート等はあるが下手に公共機関に足取りが残るものは使えないという枷があった。
 ならば、他エリアをはじめとした国外へ逃げているとは考え難い。
 離れ離れになった自分の存在をアピールする手段として、かなり飛び道具だがそうでもしない限り情報の制限などをされていたであろうナナリーには考え付かなかったのではないか。
 だから、皇帝の意思を汲んだ誰かがナナリーをエリア11の総督に据え自分の存在を釣り上げる生餌として利用し、なにか理由があって彼女を切り捨て殺そうとするのならばわかる。
 しかし何故そこで、スザクが入るのか。
 少なくとも、憎まれ恨まれているのは自身であり、ナナリーは関係無いはずだ。
 それとも、ナナリーまでも害そうというのだろうか。ユーフェミアを殺した、復讐として。
 けれどそれなら、もっと早く。それこそ、記憶を奪われていた一年の間にいくらでも害する機会はあったはずだ。
 一年、あったのだから。
 状況が理解出来ない。呼びかけに、応える余裕が無い。
「ゼロ、私が出る」
 嘆息交じりに、言うのは無頼に乗った女だった。
 思わず、止める声をかけるが遅い。
 バシュ、という音を立てて、彼女が身を外へ躍らせれば長いライトグリーンの髪が風に煽られた。
 美しい晴天の下で、きらきらと髪が踊る。
「久しぶりだな。ナナリー」
 気軽い言葉に、アーニャがぴくりとめったに動かぬ表情を動かした。
 少しだけ首を動かし、知り合い? と問いかければナナリーが大慌てでうなずく。
 その声は、覚えがありすぎるほどあったものだ。
 どんな知り合いなのかと問われて、少し困り。
 ややあって、折り紙を教えて貰った仲だとだけ少女に告げた。
 間違いではない。
「ゼロ、私も出ます。藤堂さん。とりあえず、警戒解いてもらっても大丈夫だと思いますから」
「紅月。しかし」
「そうだよ。どうすんの、虐殺皇女みたいな真似、いきなりされたら」
「………ナナリー皇女殿下を、侮辱?」
 オープンチャンネル――、つまりは外部スピーカーで交わされる会話に、露骨に嫌な顔を浮かべたのがアーニャで、心底から違うと言わんばかりの反応をしたのが蜃気楼の中にいるルルーシュと未だモルドレットのコクピット内に座るナナリーである。
 会話を散らすように、はっきりと否定を示したのは当然のようにカレンとC.C.だった。
「大丈夫です。ユーフェミアのことはよくわからないけど……ナナリーは絶対大丈夫」
「同感だ」
「っていうか、知り合い?」
 朝比奈の声に、はい。とうなずく視線はまっすぐだ。
 紅蓮弐式から、外に出る彼女もまた晴天の下で鮮やかである。
「久しぶりね。ナナリー。一年ぶりかしら」
「……また、知り合い……」
「はい。カレンさんといって、私が以前いたところでお世話に……。あの、お久しぶりです」
「ナナリー皇女殿下」
「え? は、はい。なんですか、アーニャさん」
「そこ、みんなから影になってるから。そこでお辞儀しても誰も見えない」
 淡々とした言葉だけに、思わず誰もが拍子抜けしてしまった瞬間だった。
 しかも、「お辞儀してる」なんぞとアーニャが態々言うものだから余計である。

「……そこに、藤堂さんもいらっしゃるのですよね。お久しぶりです。十年振りに近い再会が、このような形になり大変失礼いたします」
「あぁ……、いや……」
 よもや藤堂までも知り合いだったとは思われず、その場の全員が混乱する。
 ゼロの共犯者を堂々と名乗るC.C.と知り合いで、おまけにカレンとも知り合い同士。
 さらには藤堂将軍ともとなると、果たしてこの少女は何者なのだろうということになってくる。
 これで三人のうち誰かが敵愾心をむき出しにすれば、そちらに乗ることも可能なのだろうが藤堂ですら対応に困るような素振りだ。
 女性二人にいたっては、敵意どころか友好的ですらある。
 どうして良いのかわからず、結局はゼロを仰ぐのだがゼロが沈黙を守っているのではどうしようもない。
「このままこうしていても埒があかん。ひとまず、斑鳩へ撤収するぞ。おい、誰か車椅子をもってこい。病人用の使っていないやつはあるか」
 C.C.の言葉に、足元でロケットランチャーを向けていた団員が数人連れ立って医療セクションへ走っていく。
「KMFは、格納庫へ戻してもらって大丈夫です。……そっちのデカイの」
「このこはモルドレット……。変な呼び方しないで」
「知らないわよそんなの。とにかく、デカイのはこっちで預かるわよ」
 こんな大火力砲台じみたKMFが、内部で暴れられては一溜まりも無い。
 保険をかけさせろとカレンが言えば、渋々といった様子ではあるがうなずいた。
「その代わり、この蓬莱島にいる間は絶対あなたとナナリーには手出しさせないわ」
 ゼロ番隊隊長、ゼロの親衛隊長の名にかけて誓うと断言すれば、こくりとわずかにアーニャが首を動かした。
「おいカレン。そんな勝手に」
 ゼロはなんも言ってないんだぜ。と、未だ状況が飲み込めていない玉城が声をあげたが、それはゼロによって強制的に途切れさせられた。
「貴公の言い分にわからぬ点も多く存在するが、一先ずは我々のテーブルへご案内しよう。……あなたのご招待が、こんな形で実現するとは思いませんでしたよ。ナナリー皇女殿下」
「………え?」
「はじめに、我々へ手を差し伸べられたのは貴方でしょう?」
「―――、覚えていて、くださったのですね」
 優しい、染み入るような、穏やかな声に。
 当然だろうと、ほぼ同じタイミングで頷いた男女三人の姿を光を失ったナナリーが見ることは、残念ながら叶わなかったけれど。



***
 ゼロ、というかルルーシュはパニックになるとだめなんだ。ってことをカレンはよくよく学習したので、もうバンバン仕切っていきます。
 っていうか、突っ込みいねぇからすごい画面がほのぼのしく感じられますが、実際はKMFぎっしりでぶっちゃけ物々しいですよね。
 


keck




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