頭のどこかではわかっていた。 頭のどこかでは知っていた。 皮膚の全てでわかっていた。 皮膚の全てで理解していた。 感覚の一端ではわかっていた。 感覚の一端では感じていた。 「おにい、さま………?」 傍にいるジノ・ヴァインベルグが口笛を高く鳴らした。 「畜生! 離せ! ゼロ!!」 罵倒の声が、高く上がっている。 そちらにいる人の気配にも、覚えがあった。 「カレン、さん………?」 か細い声に、気付いたのか。 奥歯を鳴らして、彼女は視線を外すように静かになった。 「ナナリー。……その、言い辛いことなんだけど」 「スザク、さん……?」 嗚呼、何を。 なにを仰るつもりですか、スザクさん。 最早わかりきったことを口にして、傷つけたいのは私のことですかお兄様のことですか。 嗚呼、なにを。 わかりきったことを、仰るつもりですか。 「あのイレヴンの王様が、ナナリーの兄貴だったんだって」 ジノ! という、非難の声も、軽い声で事実だと告げる声には叶わない。 震える指先が彷徨うのに、取れない自身が悔しいのか。 床へ押し付けられているルルーシュは、這ってでも向かおうとしたけれど更にきつく床へ押し付けられ動くことは叶わなかった。 「………スザクさん」 「ごめん」 「スザク、さん」 「ごめん」 「謝る言葉は求めていません、ナイト・オブ・セヴン、枢木スザク。ナイト・オブ・スリー、ジノ・ヴァインベルグ。わたくしをゼロの傍に」 「イエス・ユア・ハイネス」 ナナリー・ヴィ・ブリタニアとしての言葉に、いくら序列が最下に近かろうとも皇族であるという意識のもとか。 ジノは、貴族としての矜持をもって頷き彼女の車椅子を床に押し付けられたゼロのもとへ押していった。 「ナナリー………。ごめんよ」 「………お兄様の、声です」 「そうだね」 「………お兄様の、気配です」 「そうなのかい?」 「はい。お兄様しか、わたしは知りません。こんなに、優しくわたしを見てくれる視線は」 「ありがとう、ナナリー」 触れ合うことは、出来ていない。 なにかあれば、すぐに動けるように。 ジノは、臨戦態勢のまま重心を動かしていた。 「……スザクさん」 「なんだい……?」 「ゼロは、スザクさんに一度捕まった、と、お聞きしています」 「………」 「その功績で、スザクさんはナイト・オブ・ラウンズに着くことになられたと、お聞きしています」 「………うん」 「スザクさん」 「ルルーシュを売って、皇帝陛下にこの地位を頂いたというなら、その通りだ。でも、僕は」 「聞いていないことまで、口にする必要はありません。わたくしの問いに、お答えなさい。枢木スザク。………何故、わたしを赦し続けるのですか。今この瞬間に到るまで、わたしを守り続けようなどと、思われたのですか」 「………え、」 厳しい、皇族としての声音が一転、儚い少女の声音を零した。 春色のドレスを、ぎゅっと掴まれる。 「お兄様が罪を犯したというのでしたら、それはわたしの罪なのです。わたしとお兄様は、いつだって繋がっているんですから」 願いも、想いも、心も。 罰は、お兄様がいつも持っていってしまう。 けれど、罪は。負うべき罪は、わたしのものでもあるというのに。 繋がっているのに、どうして私だけこうもぬくぬくと守られ続けて。 どうして、大切な愛しい兄は貶められ続けているのか。 赦せる、ものか。 どこかの回路が、呆気なくぱちん。という音を立てて焼き切れる。 いつだって、自分のために矢面に立って守ってくれた兄なのに。 いつだって、己の全てを使って守り愛し慈しんでくれた兄なのに。 どうして、兄だけを責め立てる世界が赦されるのか!! 赦しは、しない。 兄を追い立てる世界を、赦さない。 荷物になるばかりの自分を、自分は赦さない。 罪も罰も、愛しき兄に負わせるばかりの人も赦さない。 赦せないから、だからこそ、笑ってみせる。 笑顔を浮かべてみせる。 「わたしから罪を奪い取って、楽しかったですか? スザクさん」 朗らかな笑顔で、少女は小首を傾いでブリタニア最高位の騎士に問い掛ける。 へぇ、と、ジノが眼を細めて笑う。ただ、ぬくぬく守られているお姫様かと思っていたが、なかなかどうして彼女も修羅を負っているらしい。 甘い声で優しい声で、御答え下さい。と、ナナリーが静かに優しく柔らかく威圧する。 罰が欲しかったいつかの少年は、答えられずに息を飲むばかり。 *** ナナリーにゼロ(ルルーシュ)の存在否定することだけは勘弁してください……! そんなことされようもんなら、確実にルルーシュ自殺する……! |