トマトソースまみれの制服から着替えて、黒い衣装を身に纏う。
 一年前までは、真っ白の拘束服だった。
 自分は、C.C.という魔女だから。
 そこに今も、否はない。
 むしろ、そうでなければ自分ではない。
 魔女という称号ほど、自分に似つかわしいものはないと彼女は思っている。
 着替えて、腕に抱くチーズくんの感触を楽しんでいたC.C.だったが荒々しく入室してきたルルーシュに気分を害され不快げな表情を向けた。
 が、すぐにそれは訝しげなものになる。
 ただでさえ白い肌は、真っ青だった。
「おい」
 かける声にさえ、ルルーシュは反応しない。
 それどころか、彼女の前を突っ切ると一目散にバスルームへ向かっていく。
「ルルーシュ」
 学園で、コンテナの中トマトまみれにさせられた文句もつけていない。
 人の話を聞かぬ男ではない。
 だが、黙っていてやる優しさをみせる筋合いはなく、手の甲でドアをノックした。
 声が返ることはない。
 耳を澄ませれば、シャワーの激しい水音が聞こえてきていた。
「おい、ルルーシュ」
 何事かと、少々強い声をあげながらドアを叩いてやるも反応が返ってこない。
 バスルームに踏み入ってやろうとすれば、きっちり施錠はされていた。
 パニックに陥っていようと、こういうことばかりは忘れない男にいよいよもって不快感が高まる。
 カレンを追いやるならばまだしも、事情の九割以上を把握しているのが男と自分の関係のはず。
 相互認識の上で隠されるならば認めてやるが、そうでもないのにこうして無言で拒絶されるのは気分が悪い。
 開き、押すという作業を繰り返していた魔女であったが、耳敏く水音から音を拾いあげて今度は先と違う焦りを感じながら扉を叩いた。
「いい加減にしろ。おいルルーシュ! なにがあった!!」
 滅多に荒げぬ声をあげて、C.C.は戸を叩く。
 藤堂と扇、それに煽るような発言をした玉城のおかげで、なんとか今黒の騎士団はまとまりつつある。
 けれどそれは、ゼロがゼロたるカリスマを発揮出来なければ所詮素人集団烏合の衆。
 いつ瓦解してもおかしくない、砂上の楼閣である。
 確かな組織として地盤を固める段階の現在、弱さを露呈されては困るのだ。
 中華連邦との関係だとて、良好と言えるわけではない。
 正しく共謀しているだけ。弱味をみせれば、すぐにそこから食いつかれるだろう。
 引き返せぬ現状、彼の状態に気を配るのは自分の役目であるとC.C.は理解していた。
「………C.C.」
 か細い声が、シャワーの合間を縫って聞こえてくる。
 細く、弱く、今にも消えてしまいそうな声。
 今までどれだけ踏み拉かれても、毅然と顔をあげていた"ルルーシュ"という存在からは、考えられぬような弱い様。
「どうした。なにが……あった」
「………ナナリーが浚われた時、お前にはわかると言ったな」
「嗚呼」
「浚ったのは、皇帝にギアスを与えたV.V.という存在か」
「確証はないが、恐らくはそうだろうな。もっとも、アイツの行動は私にだってわからん。………まさか!」
 言っていて、気付いた。
 最悪の展開が、長きを生きる魔女の脳裏に閃く。
「………近いうちに、新総督がやってくる。名前は………」
「ナナリー、か………?」
 沈黙が、肯定だった。
 足元から力が抜けかけ、そんな人間らしい感情を発露するなと脳内の隅で魔女たる彼女がせせら笑った。
 ナナリー・ヴィ・ブリタニア。
 ゼロ、ルルーシュの、最愛の妹。
 彼女のためならば、どれほどの犠牲を出そうと日本国民全員を見捨てても、かまわないとしたルルーシュの最愛の存在。
 彼女を守るための独立戦争。
 彼女が目的、彼女の願いが、男の願い。
 唇が戦慄く。
 なにを、言うべきだ。
 なにを、言わなければいけない。
 しっかりしろ、なんて。言えない。
 それだけ、自分は知っているのだ。この男が、どうやってナナリーを守り通してきていたのか。
 八年近く見つめ続けていたのだから。
 不意に、鍵が開いた。
 顔をあげれば、憔悴した表情の美貌が目の前にある。
 髪の先から爪先まで水を浴びたのだろう、ずぶぬれの姿はどこまでも悲壮。
「………」
 言葉なんて、出なかった。



***
 五話、見た、直後なん、ですorz
 シリーズ化しようかなぁ。


魔王と魔女のワンペア




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