暗がりの部屋で、なにかが盛大に壊れる音が響いた。
 中華連邦の一室を、日本と宣言して未だ一夜と明けていないのに既に外壁の周りには沢山の報道陣が詰め掛けてきていた。
 武官だという星刻は、今日は不寝の番で警護に当たるという話だ。
 既に、幾人かの報道記者が中華連邦に不法侵入しようとして排除された。
 こんな調子なものだから、明かりが眩しくて眠っていられない。
 幾度目か、寝返りを打った拍子に立った音なものだから、カレンは最初自分がなにかを壊してしまったのではないかとうろたえた。
 しかし、違うと知れば音の出所が気になる。
 豪奢な寝台の上で首をめぐらせれば、また不意の破壊音。
 それが隣からと知って、彼女は上掛けを跳ね飛ばした。
 隣にいるのは、ルルーシュとC.C.だ。
 中華連邦は、突然の彼の宣言に不審をあらわにしている。
 最高官がゼロを受け入れる姿勢を大々的にあらわしているから問題ないものの、不審に思われ襲われたのかもしれない。
 C.C.の体捌きを知ってはいるが、それでもひと一人を守りながら戦うのはかなり不利だ。
 もし彼になにかあれば、それこそ今度こそ本当に自分達は終わる。
 苦虫を噛み潰すような表情で、隣の部屋へと駆けつければ。
 そこに、脅えた子供とそれを宥める母親の姿を幻視した。
 華麗な調度品が、床に転がっている。
 破砕音は、これだったのだろうと容易に想像がついた。
 駆けつけたカレンに、気付くことなく、ルルーシュは虚ろな瞳で虚空に手を伸ばしては音もなく涙を流していた。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。俺からまた奪うのか。母様を、離宮を、ナナリーと光と足を奪って、それでも足りないのか。俺からまた奪うのか。俺からなにもかも奪っていくのか。 スザクも、黒の騎士団も、俺という存在も、ギアスも。奪うのか。やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!  母様母様母様母様!! やめろ俺から奪うな! もう奪うな! 俺から、俺からナナリー! 母様! 姉上! やめろやめろ俺から奪うな! そうやって お前は俺から全てを奪っていく! なにもかも! 俺が自らの手で手に入れたものさえも奪っていく!! 母様! 母様!! ナナリー! スザク!! もういやだやめろ俺からこれ以上―――ッッッ!!!」
 なにを奪うと、いうのだ。
 なにも、もっていない、おれから。
 なにを、これいじょう。
 うばうの。
 ふつりと、糸が切れたように腕の中に倒れこむルルーシュの頬を一度撫ぜて、C.C.は彼の首に手刀を落として気絶させたカレンを見つめた。
「黙っていて、やれるか」
 記憶が戻ってきているが、整理がついていない状況なんだ。
 さらりと、黒髪に指を通しながら慰撫するような視線をルルーシュに向けて彼女は言った。
「厳重に記憶に鍵をかけて、思い出したくないはずだろうに。コイツは、忘れることを自分に赦さない」
 奪われた、記憶。
 奪われた、最愛の妹。
 離れていった、ともだち。
「今のことは、流石に悪夢だと思わせておいてやる優しさはあるか? カレン」
 金色の瞳にまっすぐ見つめられ、僅かにたじろぎはしたもののカレンは首を縦にした。
 それ以上、なにも言えない。
 だって、もし自分があの時逃げなければ。
 少なくとも彼は、ブリタニア側につかまることはなかっただろう。
 そうすれば、こんな風に脅える夜を迎えることはなかったはずだ。
 だから、これは。
「共犯者、とまではいかないが、秘密を共有する間柄というのも、悪くはないかもしれないな」
 ちらりと上がる視線に、えぇ。と、短く赤い髪を揺らした。
 細い息を上げる面を、彩るのは慟哭の涙の跡。
 もしかしたら、こんな涙を流させなかったかもしれない。
 たられば話に意味はないけれど、後悔はある。
 だから。
「赦さないで、ちょうだいね」
 そんなことを言っても、この優しい男は。
 赦してしまうのだろうけれど。



***
 R2二話から飛ばしきっていて、すげぇと思いました。
 ルルーシュの狂乱は、皇帝に本当に命と彼の身体以外全部奪われたPTSDによるものです。


彼が彼女の罪だった




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