不意に気付いたのは、何故だったのだろう。
 気付かないでいられれば、もしかしたら仕合わせだったのかもしれないのに。
 シャーリーは、息を飲んで固まっている。
 無理も無い。彼女は女の子だ。
 普通の、ひとの犠牲を知らない、普通の、ブリタニアの女の子だ。
 日常茶飯事的に血が流れるところなんて、知らないのだろう。
 だから、驚いているのだ。
 冷静にカレンは思って、バッグの中から応急処置一式を取り出した。
「手、見せて」
「いや………」
「いいから。見ていて痛いのよ」
「っていうかさぁ、それけっこういってるぜ〜? 保健室行ったほうがいいんじゃない?」
「下手に動かしたら、傷開くでしょう? 応急処置」
 短く返して、手際良く消毒液を傷口に遠慮なく吹き掛け拭っていく。
 ルルーシュの紫電の瞳は、痛みに揺れることなく白いガーゼがあてられていく様を見つめていた。
「………なによ」
「いや、随分手馴れていると思ってな」
「うちにドジなメイドがいるの。あんまりドジだから、周りの風当たりひどくていつも傷だらけ。見ていて気分悪いじゃない、そういうの」
 だから手当てを手伝ううちに慣れたのだと、淡々とした声音で告げた。
 無論、理由はドジだからというだけの理由ではない。
 自分の母だから、ナンバーズだから、愛人だから。
 だから、あんな冷遇をされる。耐え忍ぶような姿は嫌いで、見ていられなくて、それでも突き放せないのは優しい思い出がありすぎるせいか。
 ブリタニアのせいだ。
 父親がいなくたって、兄と母と扇たちと。自分は、うまくやれていた。
 百点のテストを見せたら、頭を撫でて褒めて貰えた。
 今はもう、そんなこと夢のまた夢だ。
 全部全部、ブリタニアのせいだ。奴らが攻め込んでこなければ、仕合わせでいられたのに。
 胸にぐつぐつと沸く感情に後押しされるまま、カレンはぺしりとガーゼの上から叩いた。
 ぱっくり割れていた傷口を、見ていたせいだろう。
 リヴァルとシャーリーが、声なき悲鳴をあげる。確かに痛いだろうが、この程度日常茶飯事で受ける人が多いのだ。
 離れたところではなく、ゲットーで。
 そして、こんな簡単に処置は出来なくて、このご時勢に破傷風を恐れなければならない。
 治療出来るだけ、ありがたいと思え。
 言葉に出来ずとも、視線がにらむように彼の白い手のひらに走る傷に向けられた。
「………」
「なに?」
「上手いものだと、感心していただけだ」
「あっそう。……本当に負けず嫌いなのね、ルルーシュ君って」
「なんでまた?」
「痛い、って、言わなかったじゃない? 見ているだけで、痛い怪我よ、それ」
 なにしろ、傷口をぬぐえば肉が見えていたほどだ。
 痛くないはずが、無い。
 それでも平静を装っていたのだから、自分にそんな顔を晒したくないというオトコノコの意地というものなのだろう。
 カレンは思いながら、口の端でほんの少し笑った。
 だが、続く声に固まる。
「嗚呼。そういえば、これは痛いんだな」
 零された声は、小さかったが。
 他の二人も、聞いていたことだろう。
 空気の密度が明らかに高くなり、全身をくるむ大気が重くなった。
「感覚は、鈍るものだな。そうか、これは『痛い』だった」
 言いながらも、握り開くという運動を繰り返している。
 じわ、と、赤色が染み出してきていた。
「ありがとう、カレン」
「………応急処置だもの、お礼なんて」
「いや、そうじゃなくて。随分、久しぶりだったからな。痛いなんて」
 ナナリーに心配をかけるし、怪我自体出来るだけ避けていたが。
 それでも、痛みを覚えるなんて久しぶりだから。
 思い出させてくれて、ありがとう。
 なんでもないことのように、ルルーシュが微笑んだ。
 人は、生きる上で痛みが必要である。
 痛みを受けるからこそ、人にはそうしないようにとしたり、人に与え返してやろうとしたりする。
 いわば、プラスにもマイナスにも働きかける感覚だ。
 だが、ルルーシュの表情にはどちらも宿っていなかった。
 もっと鋭い痛みがあることを、知っていると語るように。
 その痛みの前では、全てが生ぬるいというように。
 彼の前には、痛みが遠かった。

 

***
 皇帝とのトラウマ体験によるPTSDで、"痛い"という感覚が遠いルルーシュ。
 普通生活するうえで、そんなこと必要ないから。実は、ルルが凄い凄惨な人生歩んできてるのでは、と知ってしまった三人。


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