政庁の特別執務室がシュナイゼルの短いながらも自室とするところだった。
 控えの間と、それとは別にもう二部屋あるそこは常に人の目が入っている。
 エリア11の最高責任者はコーネリアだ。しかし、シュナイゼルはエリアではなくその全体を統治する存在。
 彼女の部屋よりも上が用意されているのは、こういった事態のためであり当然のことだった。
 ここは、仮に軍人であろうと易々近づくことはかなわない。
 将官クラスの軍人か、皇族か。
 はたまたその直属の騎士程度のものである。もっとも、誰に言われずとも第三皇女の騎士はこの場に近づけてはならぬとされていたが。
 それだけ絞っても、まだ警戒が足りないといわんばかりの重厚な扱いに、さしものシュナイゼルも苦笑を禁じえない。
 だが、それに対して文句を言うほど彼は子供ではなかった。
 シュナイゼルの頭脳には、表沙汰に出来ることから永遠に彼が口にしてはならない国家の機密まで多くのことが刻まれている。
 高位の人間を失うということは、その情報に穴を開けるということだ。
 国を動かす上で、それはなんとしても認められぬことの一つである。
 諦めの境地でため息を吐き、ふかふかのソファで惰眠を貪る学友あがりの部下を見つめた。
 薄藤色の髪が、時折くしゃくしゃと揺れる。
 書類の山三分の二ほど片付けたところで、席を立つと足音を忍ばせて近づいていった。
 髪へ手を伸ばしたところで、ぱちりと薄氷色の瞳と視線が直線状に重なる。
「おはよう、ロイド。よく眠れたかい?」
「おかげさまでぇ。あ〜、よく寝た。向こうのベッド、固いんだもん。そろそろ身体が痛くなるよ」
 上体を起こしながら伸びをすれば、明らかにロイドからベキベキとなにかが折れる音が聞こえてくる。
 失笑しながら茶の用意をさせるか問えば、水だけ欲しいと請うてきた。
 皇族を使うなど、バトレーが見たら血圧を上げて騒ぎ立てることだろう。しかし、生憎言われた当人はまるで気にしなかった。
 執務机の上においてある水のペットボトルを手にすると、相手の様子を確認する前に投げつける。
 危うげな手つきでそれを取ると、喉を鳴らして飲み干してしまった。
「っはぁ〜〜〜。ごちそうさま」
「気にすることはないさ。それで、今日は何の用だい。まさか、昼寝をしに来たわけじゃないだろう」
 クルーミー嬢は、怒ると怖いようだが。と、苦笑交じりに問いかければ、なんのことはない様子で相手へ向き直る。
 白衣がひらりと、揺れた。
「あなたに聞きたいことがありまして、此方へ足を運ばせていただいたんですよぉ」
「なんだろうな」
 にこりと笑顔の応酬は、短い合間で不意に目を眇めるロイドによって断ち切られた。
 鋭い視線は、技官といえど流石軍人とほめるべきか。
 貴人にして奇人と名高い彼の能力は、決して低くない。
 洞察力、観察力、推察力、発展力、応用力、基礎をほぼ完璧に自分のものとしている彼の能力は、むしろ高いといえた。
 ゆえの地位であり、特派だ。シュナイゼルは、愚者に権力と金をつぎ込むほど暇ではない。
「あなた、馬鹿嫌いでしょ?」
「そうだね」
 嫌いというより、苦手だろうかと首をひねる。
 愚かな人間こそ扱いやすいという人間は、まだある程度小利口な人間しか相手にしていないことだろう。
 本当の愚者とは、真意をわからぬまま行動する者をいう。
 誰かのためを振りかざし、失敗しても「あなたの為を思ってしたことなんです」と自らを哀れむ。
 それを叱責すれば、した方が人非人と扱われてしまう。
 弱者を切り捨てることで強大となり、失敗すればした者が悪いとされるブリタニアであるがそれでも自らの非を認める者を手厳しく罰するこ とを良しとはあまりしていない。
 それが血縁関係の者であれば、なおさらだ。
 足の引っ張り合い、兄弟同士の殺し合いを暗黙のうちに推奨しているくせに、どこかで自分は公明正大な人間だと示したがっているのだ。
「なんで、ユーフェミア皇女殿下のオネダリなんて聞いてあげたの?」
「嗚呼、そういえば君はあの場にいたのだったね」
「おかげさまでねぇ。結論が出ていないせいか、黒の騎士団と軍は小康状態。もぉ暇で暇だよ」
「素晴らしい案だと思うから、賛成したまでだよ。本国の陛下にも、そう報告させていただいたけれどね」
「へぇ。陛下と通信なんて、珍しいんじゃなぁい? 本物?」
「さぁ」
 偽者の可能性のほうが高いと、シュナイゼルは肩をすくめる。
 宰相でさえ、通信とはいえ顔を合わせることのない皇帝。
 その存在は、蜃気楼のようでさえある。
「まぁ、いいや。うちはそろそろお役御免でしょ」
「そのつもりだよ。特派の第七世代KMFの実験データは取れただろう」
「おかげさまで。特区が成立するしないにかかわらず、戦闘データはもういいかな。フロート・システムの改善部もいくつか見つかったしね」
「その報告書は、まだあがってきていないが?」
「そおだっけ?」
「ロイド、明後日までに提出したまえ。本国に送って、君らが戻ったときに完璧なバックアップをさせるよう手配しておこう」
「自分でやるのにぃ」
「どういった形でも、君たちに投資しているのは私だと内外に示さないと面倒だからね」
「薄汚い権力闘争に、僕とランスロットを巻き込まないで欲しいなぁ」
「………」
「なに?」
 ぼやくように言った言葉であったが、シュナイゼルが一度動きを止めたことに小首を傾いで彼は上司を見つけた。
 穏やかな微笑みの裏は、どれだけ赤く黒く汚れているのか。
 ロイドには、興味はない。
「いや、それは無理だと思ってね。特区が成立するかしないかはともかく、ランスロットのデヴァイサーはユフィの騎士だろう?」
「一応」
 アレを騎士として良いかは甚だ疑問としながら、一応でも祝いの拍手を一番にした者としては認めなければならぬだろう。
「否応なく、この特区にもこれから発展していく問題にも関わらざるを得なくなると思うよ? あのデヴァイサーが関われば、枢木スザクくんも かかわることになる、そうすれば」
「僕らも関わる、って? やだなー。面倒ごとは嫌なのに」
「そういう場所のほうが、データが取れると喜んでいたのは君だよ。ロイド」
「わかってるよぉ」
 言えども、用事が終われば早く帰りたいに決まっていた。
 混乱と混迷が混沌としている、エリア11。
 ユーフェミアが投げ入れたのは、新たな火種かそれともエリアを覆いつくす風通しが最悪の蓋のどちらだろう。
 どちらにせよ、ロイドが行く道はランスロットの傍しかないことを自覚していたけれど。
「―――嗚呼、ロイド。そうだ」
「なぁに〜? もう一眠りしようと思ってたのに」
「先ほどの君の答えだけれどね。嫌いでも、苦手でも無いと気づいたよ」
「………へぇ?」
 じゃあ、何だというのか。
 あの愚かな姫君に対する、感想は。
 なんだと、言うのと。冷たい色の瞳が、問いかける。
 答えは、いやにあっさりと出た。
 いつもと変わらぬ微笑で、いつもとかわらぬ声で、いつもと変わらぬ様子で。
「どうでもいい、かな」
 言い切る男に、口元が笑みにつりあがるのが、はっきりとわかった。


***
 哀れみさえ抱かないシュナイゼル。
 ユフィはきっと、リア姉様の評判ガタ落ちさせたこと気づいていないまま死んだんだろうなぁ。


午後は密談、




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