生徒会室に、珍しい人間が揃った。 カレンと、スザクと、ミレイである。 本来であれば授業中の時間ではあるが、カレンは病院から(無論、嘘だが)スザクは軍務の終わりから来たためちょうど授業終了間近に なってしまったのだ。 そこへ、ミレイにつかまりどうせなら一緒に仕事しましょうと生徒会室に引っ張り込まれたわけである。 スザクとしては、足りない授業単位を稼ぎたかったのだが彼女に口で勝てるはずもない。 早々に事態を受け入れることを決めた。 「それでね、ユーフェミア様が仰るんだ」 しんと静かに作業など、捗るはずもないと適当に振った話題は、いつしか彼の主がいかに素晴らしいかを得々と語られることになっていた。 無視して作業を進めるカレンに、適度な相槌を打ちつつ丸っきり聞き流しているミレイ。 二人の様子に気づくことなく、スザクは理想を語る。 いかに彼女が素晴らしいか。 いかに理想が美しいか。 いかに実現が近づいているか。 いかにゼロが間違っているか。 きらきらと目を輝かせていたスザクだったが、カレンの書類を机に叩きつける音で口を閉ざした。 数度かの瞬きの後、彼の表情が引き締まる。 目の前にいるのは、カレン・シュタットフェルトだと、胸に囁き続けて。 「どうしたの、カレンさん」 「―――いつ?」 「え?」 表面上穏やかさを保ちながら、問いかける言葉は。 逆に質問で返された。 「あなたの言う、ブリタニアの内側からの改革って、いつ実現する話?」 「それは……。でも、確実に近づいていってることは確かだよ。その証拠に、ナンバーズの僕はユーフェミア様の騎士にもなれて……」 「そんなもの、ただの偶然と運の産物じゃない」 切って捨てる言い様に、流石のスザクもむっとした顔をする。 確かに、出会いは偶然だった。 けれどそれは、運命に置き換えることも出来るはずだ。 ならば、なにかが味方してくれているのではと、スザクには思えた。 なにかが味方してくれているなら、理想の実現も可能だと思えた。 「スザクくん……。ここがエリアいくつか、知ってる? 言ってみて?」 「エリア……11?」 「そう。11番目。11番目で、今はもうエリア18まであるの。―――あなたと同じ理想を抱いた人間が、今までいなかったとでも思ってるの」 切っ先を突きつけるような、鋭い言葉と声音と視線。 病弱さなど欠片も残さないで、戦士の彼女は質問を重ねた。 だが表情は、どこか疲労さえも伺える。 こんなことから、話せばならないのかとも。言える態度で。 「あなたがはじめてその理想を抱いたなんて、そんなわけないじゃない。いたに決まってるじゃない。エリア11でだって、日本でだって、そう 思って従軍した人は大勢いるわ。でもね、今まで、私が知っている中で七年。調べた中で、十年以上。それが実現していなければ、進展だ ってまるでしていないのよ。ブリタニアは、そんな願いや理想なんて、取り合う気配すらないの。いいえ、もしかしたらブリタニア人の中だって、支配 よりも自立させることで生産効率を上げていこうと、考えたひとがいたかもしれないわ。けれど、表沙汰になることもなく潰されている可能性だって あるのよ」 「それは……! でも、僕が……!」 「アンタ一人の力なんて、たかが知れてるじゃない!! お飾りのユーフェミアの権力に縋るしかないお飾りの騎士が!!」 「カレン!!」 激昂しながら椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった彼女に、静止の声が即座に飛んだ。 それ以上は、まずい。 今ならば、激論の末の皇族騎士への侮辱で済むが、皇族への侮辱はまずい。 騎士とはいえ無理を通したナンバーズへ、ブリタニア人が非難を浴びせること自体は問題ないだろう。 しかし、その矛先がさらに上位。皇族へいくことは問題だ。 ミレイの言葉に、カレンが瞬時にして冷静さを取り戻す。 ぱん。と、仕切り直すようにミレイが彼女が両手を打つ。表情は真面目で、先ほどまで反応を表せなかったのではなく静観していたということ が伺えた。 「もろもろ、聞かなかったことにしてあげるわ。スザクも、いいわね」 「………はい」 「………ありがとう、ございます」 「いいえ〜。それに、私もちょっと聞きたいのよ。スザク」 「はい……?」 「カレンと内容被っちゃうんだけどね。あなたが、ブリタニアを改革してナンバーズにもブリタニア人にもやさしい世界が実現するのは、いつ? もちろん、子供みたいに何時何分何秒、地球が何回回ったとき? なんて聞かないわ。大まかでいいの。何年後くらいには、実現しそう?」 「……それは……」 「私のたいせつな大切な方々が、人の目におびえず、人から隠れず、人から逃げ回らず、ただ笑って、笑って、笑って過ごせるようになるのは、 いつになるのかしら?」 アッシュフォードの至宝、ルルーシュとナナリーは、絶対に人の目に残ることが許されない。 無論、賭けチェスなどで貴族の目に入っているだろうが。彼は常勝だ。 貴族は体面をなにより重んじる。賭けチェスに乗って学生に負けたなど、いい恥さらしだ。 自分から口にすら出さず、むしろ忘れることを率先して行うだろう。 彼らは、人の記憶に残れない。 人の記憶に残れないまま、ブリタニアという国から逃げ続けなければならない。 それは、ミレイの本意ではなかった。 彼らには、なによりも誰よりも幸福であって欲しい、彼女の願いからはひたすらに遠いのだ。 「あなたの理想が実現するのは、いつなのかしら?」 知っていたら教えて欲しいと、ミレイは切なる表情で問いかける。 スザクは答えず、否、答えられず、カレンはそら見たことかと憮然とした表情を崩さない。 もちろん、誰もいないより一人でも多くの人間が動いたほうが良いに決まっている。 なにも動かないより、少しでも動いたほうが良いに決まっている。 だからきっと、スザクの行動も間違いではないのだろう。 ミレイにせよ、カレンにせよ、それは十分理解出来ていた。 だが、その上で。 あまりに現実味のない夢をみては語る、スザクを哀れに思うしかなかった。 *** 「正攻法での改革」を考えたのが、スザクが最初なわけ無いでしょう。 その上で、現実は「こう」なのだから如何に実現の可能性が低いかよくわかろうというものです。いや、枢木さんわかってないみたいですが。 |