戯言になるかもしれないが、それでもはっきりと言わせてもらおう。
 戦いには、二種類あるのだ。
 なにも、命をかけた戦い、誇りをかけた戦い、などと気取るつもりは毛頭ない。
 それは勝利してからの話。これは、そのひとつ前の話である。
―――即ち、負けない戦いと勝つ戦い。
 負けないことがイコール勝利ではないように、勝利の等号が負けないことというわけではない。
 とはいえ現実は試合のように優しくない。
 まして殺し殺されの世界では、言うに及ばず。
 理解をしていたのは、果たしてどれだけの数であっただろうか?

 神聖ブリタニア帝国の崩壊は、ゼロの捕縛および処刑という対価を支払い為されることが決定した。
 真っ白い牢獄の中に、黒髪の少年の姿。
 白い拘束服でガッチリと全身を戒められ、加えて両の瞳には皮製のアイマスク。
 これで口枷までしていたら、流石にここは牢獄ではなくSM倶楽部と勘違いされてしまったことだろう。
 椅子に座らされたまま動くことのない少年を前に、同年齢程度の少年が立つ。
 彼の肩書きは、数年で幾度も変わった。
 一等兵が准尉に、騎士侯になり、ユーフェミア第三皇女筆頭騎士となり、コーネリア第二皇女専属騎士となり。
 最終的には、ナイト・オブ・ラウンズ。通称ナイツの第七席である。
 大抵のブリタニア軍人たちは、なんという出世だと感心を通り越して呆れていたらしい。
 兎も角、彼は崩壊する国とはいえ現在まだなんとか体面を保っている強国の軍人であった。
 積年の恨みたる彼を前にする余裕はないはずだったが、それでも仕事を抜けてこの場に来たことには意味がある。
 ルルーシュが、彼が、呼んだせいだ。
 ブリタニアという帝政国家は、明日崩壊する。
 次代の王にはシュナイゼルが立つことは、すでに議会で決定していた。
 だから、今日が力ある者として振舞える最後の日であることをスザクは自覚している。
「―――枢木スザクか?」
 足音はなかったはずだが、それでも気づいたらしい。
 項垂れていた首を上げてこちらを見るようにしているのだろうが、残念なことに視線の直線状に彼はいない。
 ほんの少しずれていることが、確かに彼の瞳が覆われていることを教えていた。
「俺に話があると、聞いたが」
「嗚呼、そうだ。神父に残す遺言はないが、君にはあったからな」
 親しく「お前」と呼ばれないことに、どこかで少年は安堵した。
 もし呼ばれたとしたら、きっとなにかが崩れてしまいそうだったから。
「それで? 俺だって、忙しいんだ。お前みたいに、暇じゃない」
 今日、これから公開処刑となるゼロ。
 その警備を任されているのは、ラウンズの面々だ。これが最後の仕事でもある。忙しさと身を引き締める緊張感は、半端なものではない。
「すまない。どうしても、君に言いたくてね」
 なにを。
 視線すら今まで合わせずに、吐き捨てるが如き口調を用いようとした彼の背筋に、ぞくりと何かが這う。
 それは、シュナイゼルが本気で冷徹に徹した様を見た時であり、皇帝の暴君の程を間近で見させられた時の物に似ていた。
「私は負けなかったぞ、枢木スザク」
「―――ッ?!」
 あまりに静かに言われたことに、スザクは一瞬言葉を失くした。
 負けていない? もう、今にも死ぬ男がなにを言っている。
 生きるのは最愛の姫君を殺された自分であり、ゼロはもう死ぬしかない。
 一時期は死ぬことを希求していたが、それも最早構わない。どうでもいい。
 ただ、ゼロが殺せることがうれしかった。
 なのに、負けていない……勝ち、だと?
「どういう……ことだ………」
「各エリアの解放、ブリタニアの援助のもとでの全ての独立の契約の締結、ブリタニアという国力の低下に、神聖ブリタニア帝国の崩壊。 全て私が望んでいたことだ」
「それは………」
「ひとつのエリアのごく一部が例外的に認められるわけではない。国が国としてあるべき姿を取り戻す。その上で、ブリタニアは経済援助を 惜しむことはなく、独立の手助けを全面的にバックアップする。まぁ、だからといって戦争がなくならないとは言い切れないが。同じ民族でも 戦争する時はするからな。その辺りは、シュナイゼルの手腕にかけるしかないだろうが」
 少なくとも力で押さえつけられていた時代は、終焉を迎える。
 自分の命が対価として支払われるけれど、それで妹が安心して生きていけるならば悔いは無い。
「残されるナナリーは、どうなるんだ……」
「俺がいなくても、笑ってやっていける。なんて、薄情なことは言いたくないけどな。俺だって、本心を言えばあの子といっしょに解放された 日本で穏やかに暮らしたかったさ」
 けれど、この身はゼロ。
 神聖ブリタニア帝国に刃向かった反逆者。
「責任は取らないと」
 本当は誰も泣かせたくなかった、ナナリーなどその最たる存在だ。
 しかし既に一度、兄としてゼロの責任を放ってしまった。
 二度目は流石に、許されない。
「幾度も敗走しただろう、ブリタニア軍に、グラストン・ナイツに、貴公らラウンズに」
 嗚呼、けれど。
「私は一度として、負けていなかったと断言しよう」
 望みを叶えたのは、ゼロ。
 本当に大切な存在を失うことなく、ここまで来たのは彼のみ。
 コーネリアやスザクは、ユーフェミアを失くし。
 黒の騎士団の人物達とて、大切なひとを失くした者は多い。
 ただ一人、ゼロが……否、ルルーシュだけが、ナナリーを守り抜いた。
 守り抜いたまま、目的を遂げた。
「だから私は満足だよ、枢木スザク」
 アイマスク越しに、ひたりと視線が合う。
 彼の紫の瞳は、輝いていることだろう。あの頃と、変わることなく。
 例え銃殺される最後の瞬間であろうと、輝いていることだろう。



***
 ルルーシュは、負けてはいないというだけです。勝ったわけではありません。
 死なないならそれに越したことは、ありませんもの。


最後の奏者




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