周囲の一握りの人間以外、著しく誤解をしていただろうがルルーシュは自身を善人などと吹聴した覚えも名乗った記憶もない。
 彼が優しく見えるのは、凄惨な過去ゆえに他者に手ひどくあたることに抵抗を覚えるせいである。
 そのことが、イコール善人だなどとなるはずがない。
 ルルーシュ・ランペルージであろうと、ゼロであろうと、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであろうと、本質はなにも変わらない。
 願うのはブリタニアの崩壊。
 望むのはブリタニアの破壊。
 行うのは優しい世界の構築。
 ルルーシュという人間の芯に、ブレは少ない。
 義兄を殺した後悔はある。けれど、それを誰かのためだなどと擦り付けるような真似は彼の矜持が赦さない。
 仮に、ナナリーの願いを知る者とルルーシュを結びつけるものがいたならば、それは彼女のための行いではないかと、誰かは言うだろう。
 しかしその言葉は、ルルーシュに対する侮辱でしかないのだ。
 ナナリーにやさしい世界をみせる。
 それは、母を奪われ父に放逐され、守ろうとしてくれる者が誰一人としていなかった少年が自分の思いと自分の力で見つけた自らの望み であり至上命題だ。
 結果的には、確かにナナリーのためになるだろう。
 けれど、その望みはルルーシュのものなのである。
「それを否定するのか」
 ナナリーのため。その言葉ならば、頷くと思ったのか、ユーフェミア。
 呟く声は、機械を通していないにもかかわらずひどく切なそうな色合いで。
 彼女が覚えている、兄の声とは違う気がしてならなかった。
「結果的に、ナナリーのためになれば確かにいいさ。けれど、ユフィ」
 たかがそれだけのために、君は特区を作ったのか。
 問いかける声は、どこまでも悲しそうだった。
 理由がわからず、首を傾ける。
 その仕草にさえ、彼は嗚呼と嘆いた。
「いけない、の。ナナリーのために、って、思ったことなの。本当に」
「いけないかどうかは、俺の判断では決められない。俺だって、自分の望みのためにゼロとなり黒の騎士団を率いてブリタニアに戦争を挑ん でいる」
「だったら!」
 募る思いのままに口を開く姫君を前に、彼はやはり否定の様をとった。
 ユーフェミアには、理解が出来ない。
 反対をしているわけではないという。
 けれど、賛成をしてくれるわけではないという。
 どういうこと? 遠くで聞こえる、ざわめきを耳にしながら彼女は昔から賢かった兄に問いかけた。
「ユフィ。俺は、トウキョウ租界に日本を作ろうと思っていた。合衆国日本を」
「私と同じ考えでいてくれたのね! ルルーシュ!」
 先の言葉にひっかかりを感じながらも、うれしそうに花のような笑顔を見せる。
 だが、これもまた、否定。
 否定、否定、否定。
 肯定されることのない事実に、ユーフェミアは困惑を隠せない。
「ルルーシュ。あなたが言っていること、わからないわ」
「ユフィ。俺にも、君が行おうとしていることがわからないんだ」
「だから、ナナリーに優しい世界を……!」
「箱庭なら、既にアッシュフォードが作ってくれていた」
「そんな小さなものじゃないわ。経済的に独立すれば、もっと自由に」
「ブリタニアは、特区に経済的独立なんて認めないだろう」
「でも! わたしが皇位を放棄すれば、特区を認めてくれる、って……! シュナイゼルお兄様だって!!」
「ユフィ、ユーフェミア、聞いてくれ。確かに君は、特区を作ってくれた。ありがとう、それは嬉しい。……でも、それだけなんだ」
「………え…?」
「いつか、特区だけでは納得出来ないひとが絶対に現れてくる。もっと区域を拡大しろと言ってくる」
「そうしたらまた、本国に」
「支払う対価を、もう君は持っていないのに?」
 静かな問いが、ようやく彼女に少しだけ現実を見せた。
 エリア11における特区の成立、その対価はユーフェミアの皇族特権、皇位継承権諸々の返上。
 確かに特区は成立する。今日、今すぐにでも、日本人の前に現れれば叶うだろう。
 けれど、その、先は?
「特区拡大運動が、特区外から起きれば鎮圧のために軍が動く。当然だよな、特区外の人間は、日本人じゃない」
 ナンバーズだ。
 軍が殺すことに、躊躇うはずがない。
「第二、第三のゼロを生むしかない特区外。特区内は安全かもしれない。けれど、いつか気づく。―――これがなんの解決にもならないこと を」
「あ、あ………ッッ!!」
 言われて、綻びが見え始めたのだろう。
 頬に手をあてて、震える彼女は暗がりでもわかるほどに真っ青だった。
「今から、特区の成立を……!」
「中止には出来ない。そんなことをすれば、この場に集まる全ての日本人どころか、ここ以外にもいる多くのナンバーズが暴動を起こす。君 は皇族ではなくなり、守ることは……。それはないか。コーネリアがユフィを見捨てるなんてありえないし、スザクもいる」
「そう、スザク。スザクにも相談しましょう、お姉さまにも。そうしたら、きっとなにか良い案が浮かぶかもしれないわ。それに、シュナイゼルお 兄様だって………!」
「シュナイゼルは、この程度わかっていたはずだよ」
「………どうして」
「そうでなければ、あんなところの頂点に近い。なんて、目されないさ」
 一度もチェスで勝てなかったシュナイゼル。
 幾重にも策をめぐらせて、気づかないように布陣を整え、それを気づかせることもしない。
 七年前から既にそんな策謀家であった彼が、こんなことを想定していなかったはずがない。
 続いて、五年。
 短くて、三年。
 もてば良い方だろうと、わからなかったなんてありえない。
「はじめの質問だ。ユフィ、どうして特区を作ろうと思ったんだい?」
 ほとんど落ちたライトの中でもわかる、黒髪。
 前髪の奥からみえる、赤紫の瞳。
「ナナリーの、ために………」
「うん。ありがとう。――多分、それは俺ならまだある程度問題なかったと思う。俺の最終目標は、ブリタニアを崩壊させナナリーにやさしい 世界を作ること。黒の騎士団には言っていないことは山とあるが、その過程で必ず日本をブリタニアから解放する」
 だからある意味で、間違ってはいない。
 ただ全てを、語っていないだけで。
 真実胸のうちを知る者は、自身ともう一人。魔女のみというだけで。
 ゼロは、問題ない。
―――けれど、皇族の姫君が、それは?
「ナナリーのため、っていう願いは、俺のものでなければいけなかった。そうでなければ、破綻してしまう。一人の少女のために、国を動かす ? それは、確かに美しい話だけど。俺は、ゼロは、それでいいかもしれない。けれど」
 エリア11副総督がそれを行うべきでは、なかったはずだ。
 もう何度目かも覚えていないように、彼は首を横にした。
 ルルーシュは、生来優しい人間である。
 懐に入れた者へはどこまでも優しく、容赦があり、甘く、手助け出来るところは手助けをする。
 けれど、自身の能力の限界も知っていた。
 いくらギアスという異能があろうとも、出来ることが広まったというだけで出来ないことは確固として存在するのだ。
 今回の場合、仮に日本人(イレヴン)が暴徒と化した際、特区で満足していろ。などという命令を下し納得させる自信は少なくともルルーシ ュにはなかった。
 当然だ、いくら命令が複数人に有効とはいえ、限度がある。
 まさか日本全てをまわり、ギアスをかけ回れというのか。無理がありすぎるし、冗談にしてはまったく面白くない。
「俺は、善人でも聖人でもない。ブリタニアに反旗を翻す反逆者。―――故に、言わせていただこう。ユーフェミア」
 ゼロの仮面をかぶりなおす。
 いつかの島で言った。自分は、ただのルルーシュだと。
 しかし今は、そうではない。
 黒の騎士団首領、ゼロだ。
「弱者のためのやさしい世界の構築は、我が悲願。私の願いは、返してもらうぞ。ユーフェミア」
 す、と伸ばした黒手袋の先で、なにを恐れるのか彼女は一歩後退した。
 震えながら、それでも気丈に立っているだけ立派だよ。
 胸の中で呟いて、眼を伏せた。
 奇跡をここに、完成させるために。


***
 特区成立矛盾点のいくつかを、ユフィに告げた場合。
 あんな即座に出来た、ってことは、話し合いなんてろくすっぽ行われていなかったんだろうと思うのですが如何ですか?


六道輪廻花畑




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