うつくしい。
 頬へするりと、指が這う。
 青紫の瞳が恍惚に潤むことを、シュナイゼルは自覚した。
 うつくしい。
 胸に沸き立つ高揚。
 路傍の花ではなく、造られた布地の華ではなく。
 綻びかけた蕾のような、気高さを彷彿とされる彼の表情は美しかった。
 嗚呼、感嘆が漏れる。
 黒髪も、薄く色付いた口唇も、細くたおやかな四肢も。
 すべてが、彼を、美しくしていた。
 身動ぎもしない彼の名前は、ゼロという。
 正しくは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。正真正銘、腹違いとはいえシュナイゼルの実弟である。
 けれど、そんなことはなんの躊躇いも生まなかった。
 ルルーシュは美しく成長しており、過去をさらに鮮やかにするばかりである。
「ルルーシュ」
 うっとりと、美声がこぼれる。
 この部屋には、すべての人間の立ち入りを禁じている。
 現在は怪我をして病床にいるコーネリアも、その騎士も、グラストンナイツも。
 すべて、である。
 ただ唯一、その命令を聞いていようと入ってくる人間はいた。
 部屋には厳重にロックをかけてあったが、この男には無意味だろう。
 見張りを立てていないせいもある。
 だが、彼一人程度であれば許容の範囲内だ。
 出来るだけ、誰もルルーシュには近づけたくなどなかった。
「失礼しますよぉ」
 ノックもせずに入ってくる相手を、肩口に見やる。
 にこにこと笑う姿は、アリスを翻弄しつつ導くチェシャ猫に似ていた。
 もっとも、シュナイゼルは他者の言葉で揺らぐような殊勝な精神の持ち合わせはなかったし、この男とてシュナイゼルに影響しようなどと 欠片も思っていないだろうが。
「やぁ、ロイド。どうしたのかな」
「あなたのサインが必要な緊急書類が本国から送られてまいりまして。それを頂きに」
「悪かったね、わざわざ」
「いえいえ。僕も、この方のご尊顔を拝したいと思っていたところですからぁ」
 へらり。と笑って、シュナイゼルに書類を渡すとそのままルルーシュの顔を覗き込む。
 前髪のかかる瞳はあけられず、静かに其処に横たわっているのみ。
 けれど、どうしようもなく吸い寄せられる。
 求心力は、十把ひとからげに扱われている皇族とは比べ物にもなるまい。
「はい。出来たよ」
「ありがとうございまぁす。ねぇ殿下。本当にスザクくんに教えてあげないつもり?」
「彼はコゥの騎士で、ルルーシュは無関係だろう」
「幼馴染らしいですよぉ? 学校でも、親友だったとか」
「学校時代を知っているのかい?」
「僕の婚約者、アッシュフォード家の長女ですから〜〜」
 それだけ言って通じたのか、嗚呼、とうなずく。
 けれどシュナイゼルは、気にもしない様子で黒髪をやわらかく撫ぜた。
「ならば尚のことだよ。これ以上、彼に害されるのは私としても不愉快だからね」
「害、ですか」
「害だろう? ルルーシュにとって、彼は害だ」
 ユーフェミアもね、と、笑顔で言い切るのだから。この男は本当にどこまでも読めぬのだと、ロイドは内心で腹を抱えて笑う。
「スザク君は信じちゃってるみたいだけど、いつ言うの?」
「言わないさ」
「やっぱりね。あなた本当に、独占欲強いよ」
「ほめ言葉だね。ありがとう、と言っておこう」
 さらと返す言葉は、敵意もなにもない。
 それは単純に、ロイドは敵にならぬと知っているからだろう。付き合いの長い彼は、シュナイゼルを敵に回すとどうなるのか、彼の不興を 買うことがなにを意味するのかを、深く理解している。
「ルルーシュはここで永遠に眠り続ける。私のそばで、永遠に」
「たまには僕にも会わせてね。それで、口止め料ってしてあげる」
「わかったよ」
 くすくすと笑って、二人は白皙の美貌を覗き込む。
 瞳は永遠に開くことはない。
 胸は永遠に上下することはない。
 腕は永遠に持ち上がることはない。
 声は永遠に彼らを呼ぶことはない。
 けれど、それでも良かった。
 美しい思い出の象徴である、彼がここにいるというだけで。
 それだけで、満足だった。
 室温を極力落とされた、ガラスの柩で。
 永遠に彼は、眠り続ける。



***
 ねくろふぃりあふたり。
 二人ともルルが大好きなんですよ。


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