ふと吐いたため息に、気づいたのはナナリーだった。 中等部の授業は終了し、ミレイと共にのんびりお茶を飲んでいたのだったが。 そこへ、せめて放課後だけでもと顔を出したのがスザク。 呆れるように笑いつつ、雑務をこなしていたミレイだったが繰り返されるため息にこちらがため息をつきたくなる。 「なぁに、スザク。なんか悩み事?」 「はい……」 「面倒ごとならいいけど、じゃなかったら聞かないわよ」 「会長さん、それ、普通逆なんじゃあ……」 「うっさい。それで? おねーさんに話したい?」 「えぇ。あと、すいません。出来ればナナリーにも」 「わたしに、ですか?」 「うん。話を聞いてもらえないかな、って」 「いいですよ。わたしなんかで、よろしければ」 「十分」 ほわ、と微笑む小春日和のような少女に感謝を述べて、目の前の書類を退けると机に突っ伏して顔を隠す。 そうまでして此方の様子を伺われたくないこととは何だと見つめていたミレイだったが、一言目でコイツを見捨ててやろうかとさえ思った。 「え? 申し訳ありません、スザクさん。小さくて、よく……」 「えと、だからあの、ルルーシュが最近顔を合わせてくれなくて……」 僕なにかしたかな。 呟く少年の顔は、恐らく困惑に塗られていることだろう。 学園に入学してから此方、一に勉学二にルルーシュ、といわんばかりに彼と共にいたのだ。 それが唐突に距離をおかれ、躊躇っているのだろう。 ミレイは、あきれ果てた。 自覚がないというのは、本当に愚かな結果しか生まないのだ。 「もう。ルルちゃんが甘やかすから、こんなこと言うようになるんだからね」 「仕方ありません。お兄様ですもの。腕の中に入れた方には、とても優しいんです」 だからあの突飛かつ市民にまで無力と知られている浅慮な姫君の相手も、笑顔でするし。 自分たちを危険の渦中に放りこまんとする、この騎士様にもお優しい。 「ルルちゃんなら、今おじい様のところよ」 「良かった。学校には来てるんですね」 「そりゃここに住んでるんだもの。いくら外出が増えたからって、最近は出歩けないんだし敷地内から出るわけないじゃない」 「え?」 「今、けっこー外マスコミ多いのよ? 気づかなかった?」 「……なんで、ですか?」 「あたしが呼んだマスコミも来てるけどねー。多くは、ユーフェミア皇女殿下間近で拝見した感想とか、特区についてとかを、うちの学生 にインタヴューしてまわるのが目的、ってトコかな」 学園祭の騒動から、いくらも経っていないのだ。 そういったマスコミが、喜んで来てもおかしくはあるまい。 スザクは、ぱ、っと喜ばしげに顔をあげた。 メディアが支持してくれるならば、大々的に放映される。 そうすれば、エリア11にいるのあちこちのイレヴンにこの情報が密度を持って伝えられることだろう。 だが、スザクの喜びに反して平然としながらミレイの吐く言葉は鋭利であった。 「まったく、迷惑だわ〜〜〜」 彼女の発言は、意外だったのだろう。 慌てて、釈明のようなフォローのような言葉が少年の口から滑り落ちた。 「で、でも、これで有名になればアッシュフォード学園も有名になるかもしれませんし!」 「……あの、スザクさん? アッシュフォード学園は、本国に本校がある由緒正しい名門校ですから、今更そんな宣伝は必要ありませんよ?」 笑顔で困ったようにしながら、けれどしっかりとナナリーが否定を示す。 スザクとしても、知らなかったのだろう。 ミレイの行動や日ごろのお祭り騒ぎからでは信じられないだろうが、 この学園は皇族であるユーフェミアの補佐官達が選んだだけあり本来 であればちゃんと家柄、続柄を調べた上で問題なしとされた人物のみの入学を認める、大変に門戸の狭い学園なのだ。 だからこそ、マスコミも滅多に開かれない扉に学園祭を乗じて入ることが出来た。 そうでなければスザクという客寄せパンダがいようと、巨大ピザがあろうと、普通メディアがたかだか高校の文化祭に招かれてあっさり来る はずがない。 「ナナちゃんも、ごめんなさいね」 「いいえ。わたしは。どうかお気になさらないでください」 「なんでナナリーに会長さんが謝るんですか?」 「……私が不用意にマスコミなんか招いて、特区が電波に乗っちゃったからよ」 「でも、それのおかげで」 「そのおかげで、現在進行形でルルちゃんがおじい様と額付き合わせて今後について検討してるって、なんで気づかないの」 「………すいません、話がよく、見えないんですけど」 「ナナちゃんとルルちゃんの身体的特徴は、死んだはずの某御方にそっくりです。赤の他人で他人の空似ですが、この二人は表世界には 出せません。けれど、見つかったらまず間違いなく公になってしまうマスコミが朝な夕な校門にひっついています。誰に一番迷惑かかって いると思ってるのよ」 「……あ、………ごめん、ナナリー」 「そんな。謝らないでください、スザクさん」 遅まきながら気づいた事実に、スザクが頭を下げる。 彼らは、決して表世界には出られない。 ランペルージとして存在しているとしても、それでも極力息を潜めていないければならない。 マスコミの切れ端から、どう繋がるかわからない現状はクラブハウスに篭ることでしか対策が練られないのだ。 「僕が、行ってマスコミの人に帰ってもらうから」 「やめときなさい。妙に思われたら、そっちのほうが厄介よ」 はやる行動を言下に切り伏せ、ミレイは嘆息した。 短めのスカートを、絶妙な角度で見えないようにしながら足を組む。 「幸い、ルルちゃんが動いたから大丈夫でしょ。近いうちに、どっかの貴族のバカ話が出てそっちに流れるでしょうから」 「あの会長さん、ナナリーの前でそういう話は……」 「大丈夫ですよ、スザクさん。そういうことは、以前にも耳には入っていたことですし」 日本に来た当初の、雑言に比べれば何程ということもない。 ほわりと微笑む彼女であったが、明らかに温度が先とは違う。 ルルーシュがいくら幼く儚い少女に汚い言葉を入れぬよう尽力したとしても、子どもの努力を無に帰し嘲笑うかのように枢木の家では邪険 にされてきた兄妹である。 如何にも慣れている、といった体に、スザクは語を窮した。 「もう面倒だから、この際特区でもなんでも出来てそっちにマスコミ流れないかしらね〜〜」 「駄目ですよ、ミレイさん。そんなこと言っては。ユーフェミア皇女も、きっとお忙しいんですから」 「騎士随伴しないよーな仕事しかしてない、って、そこにいるボクちゃんが認めちゃってるけどね」 「まぁ」 やれやれと呆れるように笑う姿に、胸の中にわだかまりが生まれる。 けれど、スザクは反論のしようがなかった。 何故なら軍務からそのまま来れた、ということは、自分が一番よくわかっているのだから。 どこかに違和感。 なにかとズレている感触。 例えるなら、小さな棘のような何か。 何か。 いつもの彼女たちではないと、思わせるなにか。 笑顔の生徒会室、もうすぐ授業を終わらせリヴァルやニーナ、シャーリー、カレンは病欠かもしれないが、いつものメンバーが集まるだろう。 ここはいつもの、笑いあふれる生徒会室。 なのに、どこか、ズレた感覚。 *** まぁ、流石にスザクもここまで空気読めないわけではないでしょうが。 こうまでだったら、本当に撃ち殺していいとさえ思う。 |