平素、コーネリア・リ・ブリタニアは、非常に冷静かつ理知的な女性である。 男社会である軍に、単身乗り込み成果をあげていったのは彼女の実力でありほとんど皇族という名を使っていない。 士官学校とそれに類する四年生大学を主席の成績で卒業し、そのまま従軍。 准尉から叩き上げで、ここまできたのだ。 男女平等を謳おうと、所詮は軍。 女性蔑視は平然とあり、なおかつ皇族であるという事実はコーネリアに過剰なまでの期待と軽視を招いた。 それらを払拭するために、彼女は文字通り死に物狂いでやってきたのだ。 怒りの感情に身を任せて発言すれば、所詮女のヒステリーよと嘲られかねない。 故に、彼女は自身の感情を押し留める術を体得していた。 だがそれでも、どうしても赦せないことに対して容赦するほど、彼女は自身の感情に閂をかけられる人物ではなかったのだ。 特に愛しい弟妹達のことになれば、尚更である。 「枢木スザクを呼んで来い! 今、すぐにだ!!」 烈火の如く怒り狂う彼女を見るなど、そうはない。 忠誠と誓うギルフォードは、放送などというまだるっこしい手は省いて自身が特派に赴いた。 直接引っ張ってくるほうが時間はかかるかもしれないが、それでも急がせるには十二分という判断である。 事実、それは正しかった。 通信では、実験中の場合即座に停止させよというわけにはいかないだろうが、ギルフォードが直接くればそれは"それだけ火急の件で ある"とアピール出来る。 結果、主任のぐだぐだとした文句に副官が鉄拳制裁をして黙らせる。という一連の行動を抜きにして、彼は枢木スザクを総督執務室へ 放り込むことに成功した。 直立不動は軍人の基本だが、それでもスザクは困惑と混乱を隠せない表情だった。 当然だろう、逃亡防止に何故かダールトンまで加わり逃がさないことを思い切り示している彼の前には、怒り心頭のコーネリア。 まさかユーフェミア関連で、自分がなにかミスを犯したかとも思ったが、思い返す限りそれは無い。 では、何か。 作戦無視も命令無視も、上官侮辱もなにもしていない。 なのに、彼女は怒っている。それは事実である。 混乱が頂点に達した時、ひどく低い声がスザクを呼んだ。 「ハッ!!」 「貴様、これは真実か」 「なんのことでありましょうか!」 常よりもはっきり言うスザクに嫌悪の表情を露にしながら、コーネリアは数枚の書類を突きつけてきた。 一言断ってから、書類を受け取る。 ざっと目を通すごとに、どんどんと血の気が引いていった。 「あの……。これは……」 「我が義弟と義妹、ルルーシュとナナリーに関する報告だ。お前も知っているはずだな? 日本国最後の首相、枢木ゲンブの息子、枢木 スザクよ」 「はい。幼少時、遊び相手をさせていただきました」 「遊び相手か……。では当然、この待遇をしっていたのだろうな貴様!!」 怒号が、室内を震わせた。 びりびりと響くそれらに、スザクのみではなくギルフォード達も息を呑む。 「仮にも特使として送られた直系の皇子と皇女に対し、この待遇はなんだ!!」 住んでいる場所は、薄汚い土蔵。 内外に引き取ったことを知られないよう、教育を受けさせた形跡は皆無。 食事も粗末、清潔を枢木の家側から守られたようなこともない。 皇族を迎えるにしては、ふざけているとしか言いようの無い待遇だ。 「しかも、戦争に紛れて死んでいるんだぞ、あの二人は!! 本来であれば、保護するのが当然だろうお前たち枢木家が!!」 それがどういった扱いになるのか、分からぬコーネリアではない。 だが、彼女の受け取った報告を見る限り開戦とほぼ同時に放逐している形跡が見受けられた。 これはアッシュフォードが、本格的な戦闘になる前に彼らを保護するために動いたせいだが、それでも欠片も守ろうという意思が見えない のでは怒鳴りつけるのも無理からぬ話だ。 人質としての価値は無いと判断されようと、引き受けたからには彼らを守る義務も幾ばくかは発生するはずだ。 それでなくとも、母を殺され父に放り出され疑心暗鬼になっていただろうに。 これではいたずらに、人間嫌いを助長するだけである。 「周囲の環境としても最悪だったようだな。買い物をやらせた挙句、しかも頭を下げさせただと……? 神聖ブリタニア帝国の直系男児に!」 貴様らどれだけ偉いのだ、と、コーネリアの青紫の瞳がスザクを睥睨した。 九割以上が事実であるために、直立不動のまま何もいえない。 生きていることも、また言えぬのだ。 流石に、我が身可愛さに彼らの生存を報告するなど出来なかった。それは、褒めても良いことだろう。当然のことかもしれないが。 「あの、」 「質問を赦した覚えは無い!!」 「イエス・ユアハイネス! 失礼いたしました!!」 「死した弟妹の責任を取れ、とは言わぬ。だが、私はこういった下種なやり方は赦さん。貴殿も我が国の軍人ならば、覚えておけ。身分ある 者は、敬われるだけのことをしてきたか、もしくはするために存在するのだ。未来の芽を潰すような真似、絶対に赦しはしない」 「イエス・ユアハイネス!」 ビシ、と、敬礼と共に踵が合わされる。 コーネリアの眼からみれば、戦争になればどうあっても勝ち目のない国に対する嫌がらせにしか映らない。 そうでなければ、皇子と皇女にこの待遇はありえないだろう。 事実、扱いが更に劣悪化したのは開戦後のように報告されている。 そうしたプライドの無い行動は、誇り高い彼女には決して赦せるものではないのだ。 「それで、ここに記されていることはすべて事実なんだな」 「イエス・ユアハイネス」 「わかった。下がっていい」 「イエス・ユアハイネス。失礼いたします」 なんの沙汰なく下げられたことに、スザクは疑問を感じたものの下がれと言われればそれまでだ。 一礼して、扉に向かった。 嗚呼、と、短く声をかけられる。 「皇族侮辱は立派な罪だ。減俸処分とし給料43%カットを六ヶ月。異論はないな?」 「いえす・ゆあはいねす………」 罰としては軽すぎるだろう、と、ブリタニアの戦女神はいっそ麗しいほどの笑顔を浮かべた。 カットされた給料が、政庁の屋上にあるアリエスの離宮に似せた庭園維持費、管理費、そして更に拡大されなおの事あの離宮に近づ けられたことを。 あいにく、スザクは知ることもなかったが。 それにしても、彼は運が良かった。 もし、枢木ゲンブがナナリーを娶ろうとしていたことが彼女の耳に入れば、スザクなどその場で撃ち殺されていたに違いないのだから。 彼はどこまでも、悪運が良かった。 *** コーネリアが日本でのルルたちの処遇を見ていたら、怒り狂うと思ったので。 クロヴィスが調べて、完全に裏とれた情報としてリア姉さまが見れたんじゃないかな、と。 |